fight9:瓦割りの極意

 試合数十分前、呂夢は王児に詰め寄って、あるお願いを請う。

「僕が解説ですか!? 無理ですよ、そんな急に!」

「えぇ? 空手部の時はあんなに解説してくれたのに? ていうか、もしや君って格闘技オタクなんじゃないのかな?」

「まぁ、格闘技全般は学んでますが、あまり目立ちたくないので…」

「へぇ、あの空手家で有名なひじり王陀おうだの弟さんだから?」

 その言葉を聞いた王児の柔和で弱気な顔つきから一転して、鋭い睨み付きの邪視を向けた。その視線の眼光に怯んだ呂夢は後退りして、焦って宥めようとする。

「えぇと!? ごめんね、気に障るのだったら、謝るから!? 脅すつもりはないから!? 解説はそう、一心先輩にやらせるから…それじゃ!?」

 立ち去ろうとする呂夢の肩を強く掴んだ王児は自身の一つ年上の彼女に目が笑わない微笑みを返す。

「呂夢先輩、もしも今の話を誰かに口外しないなら、喜んで実況でもなんでもやりますから。」

「はっ、はひ…」


 その数十分後の試合開始時に蓮火の腕を脱臼させた奈緒に群衆どころか、実況である呂夢は唖然としていた、解説の王児と彼女を知る一心以外は

「奈緒ってあんなにエグかったっけ!? というか、もう、これ試合どころじゃ…」

「いえ、格闘家ならこれぐらいの負傷で辞退なんてあり得ませんよ。」

「ああ、蓮火の面をよく見ろ。」

 二人に促されるままに蓮火の表情を見た呂夢。その彼女は余りの激痛に眉間を撓らせるが、食い縛った歯と口元は笑い、瞳はまだ諦めないと輝く。

 やがて、一呼吸ついた彼女は肩の上から骨を掴み、捻りこむように関節を動かし、繋ぎ合わせる。

「大丈夫です! まだ、闘えます!」

「…そう!」

 いつまでも、消えない満面の笑みに奈緒は冷静に冷たい視線で見下すも、口元は苦虫を噛み潰したように歯軋りをする。

「いくら、なんでも無茶でしょ!? あれって!?」

「男性の空手家ならまだしも女性があの痛みに耐えられるということは、蓮火さんはそういう鍛錬と戦闘経験を数多にこなして得た精神力を持っていますね。」

「おい、ボサっとしない方がいい。実況ならちゃんと見逃さない方がいいぞ。」

 彼女は右手の手刀を短剣ナイフのように振り回し、連撃を繋げる。

 それは軌道が小さく、無駄の無い打ち方で蓮火は回避するにも打つ速さから逃れられず、打たれ続けることサンドバッグになっている。

 しかも、手刀で打つ音は重くのし掛かっていた。

「手刀って、あんなに強いの!? 拳の方が強いんじゃないかな!?」

「手根、手と腕の付け根部分は八種の骨を二段積みのように集中している。それらの骨を使える掌底だって立派な打撃だ。それを手刀に置き換えただけだ。」

「しかも、あの動きはナイフのように小刻みに振るうことで回避の隙を与えず、鳩尾や腹部などを局所的に狙ってます。」

 王児の解説を一心は鼻で笑い、生き生きと解説した。

「ナイフ? そんなチャチな玩具じゃない。瓦割りは群衆に空手の力と技を魅せる為の実演デモだが、瓦を割るには精神を瓦中心へ打つことに集中させ、勇気を振り絞り、呼吸とのタイミングと合わせ、力いっぱいに振るう。それすなわち、奈緒の手刀は瓦を砕くハンマー、いや、岩石を砕く巨斧に匹敵するんだよ!」

 



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