fight7:道場と河原

 鋼原流空手と書いてある看板が立つ道場、そこに鋼原奈緒はいた。

 ただ虚空に向かって正拳を突く。正拳の型を極める稽古だ。

 しかし、その型に手刀や蹴りなどの技を加え、見えない相手を形成し、模擬実戦を行う。動きは激しさを、掛け声は荒々しくも清涼に、想定する相手は宿敵、鬼門蓮火。

 その息もつかせぬ、瞬きせぬ光景を一心と呂夢、そして、件の虐められた学生が一心不乱に見つめていた。ある女性の声が発せられた。

「流石、我が娘ね。数年のブランクの半分は取り戻したように見えるわ。」

「お母さん、大袈裟よ。確かに私が中学1年生の空手大会を最後にしたから、もう四年ぐらいだけど。」

 息の間を置かせたのは奈緒と同じ黒髪のストレートヘアーと黒い瞳を持ち、清楚なグラマラスな美貌が目立つ、空手着の女性『鋼原奈那』。鋼原流空手の九十八代目師範である。

「ご無沙汰です、奈那さん。」

「久しいね、一心君。空手はまだやってくれてるようね。」

「いえ、俺なんて。あの頃の奈緒に比べれば、俺なんて全然弱いですよ。」

「ちょっと、一心。そんなにハードルを上げないでよ。」

 苦笑する一心に突っ込み掛かる奈緒、そんな二人を見て、にやつく奈那。在りし日の師弟関係を彷彿させた。

「それで、この二人は?」

「奈緒の同級生の穂宮呂夢です。この子は…」

せい王児おうじと申します。」

(あれ? その名前、どこかで…)

 その学生の名を聞いた呂夢は首を傾げ、何かを思い出そうとしたが、一心によって遮られる。

「二人とも悪いが、俺たちがいると奈緒の稽古の邪魔になるから帰るぞ。」

「ちょっと、一心先輩!? 奈緒にこれからの試合に向けてのインタビューをって、待って下さいよぉ!?」

「あっ、奈緒先輩! 試合頑張って下さい!」

 一心は呂夢と王児を連れて、道場を後にする。奈緒はそんな彼の必死さに呆れ、奈那は微笑ましく見つめる。

「全く、つまんない意地が入って。」

「それだけあなたに対して真剣なのよ、一心君は。」

 ふと、腰を下ろし、冷たい木床に座り込んで休み、手汗塗れの拳を見つめると、在りし日の赤毛の少女を思い起こす。

(約束です! もっと大きくなったら、私と一緒に…)

 しかし、道場のあの日のトラウマが頭を遮り、拳が震え、胸の奥に当て、精神を落ち着かせた。

(ごめん、私には約束を果たせそうにないよ。私はもう戦えない。)


 一方その頃、道場近くの河原にて、蓮火は奈緒と同じく、見えない虚空を相手取り、拳を打ち、脚で蹴り、ただただありあらゆる徒手空拳を繰り出す。

 偶然にも、奈緒と蓮火は練習相手スパーリングパートナー無き、模擬格闘シャドーボクシングを繰り返した。

 春の暖かさと運動熱力により、汗を清涼に流す彼女は観るも素晴らしいアッパーカットを繰り出した後、大の字になって河辺の草原に寝そべる。

 ふと、大空に向かって突き出した手汗塗れの拳を見つめると、在りし日の黒髪の少女を思い起こす。

(もったいないよ! こんなに強いのに、やめちゃうなんて…)

「必ず、奈緒さんの空手を取り戻します!」

 彼女はすぐさま立ち上がり、土手の方に目を向け、さっきから自身を観察していた男を見上げる。

さん、何故、私がここに居ることが分かったんですか?」

「情報通の後輩が教えてくれたんだ。それにこれはあいつのための敵情視察じゃない。」

 一心はすぐさま、土手を駆け降り、拳を構える。

「いつまでも、女の戦友にしか頼れないダメ男の意地に付き合ってもらうだけだ。」

 蓮火は一瞬に目を見開くが、彼の瞳に宿る執念に敬意を表し、構えを取る。

「私は意地っ張りな男は嫌いではありません。そして、勝ったら教えて下さい。奈緒さんの過去に何があったのかを。」



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