fight6:怒りの宣戦布告

 傍で死屍累々に倒れた上級生を見た顧問の先生は余りにも恐怖で奥歯が震え、腰を抜かし、蓮火を見る。

 蓮火の鋭い目つきは彼を捉え、掌底を見せた右手を前に突き出し、左手の拳を胴体より後ろに引く。

 右手の人差し指と親指の間に見える彼に照準を定めるカノジョの構えはまるで狙撃銃スナイパーライフルや火縄銃のように見えていた。

「さぁ、最後はあなたの番です。仮にもあなたが武道を教える立場なら、身を弁って、かかって来て下さい。」

 背筋を凍らした顧問の先生はすぐさま立ち上がり、下卑た上目遣いで偉そうに媚びようとした。

「おっ、俺の生徒が悪かった! もう二度と、後輩を虐めるような真似はさせねぇ! だから、PTAや校長たちには黙って、俺だけでも許して…」

 次の瞬間、蓮火は左足で床を蹴り跳んだと同時に左の拳を前に突き出し、右足で更に床を蹴り跳んだと同時に右の掌底を後ろに引いた。

 強く蹴り上げることによる推進力と筋肉や関節を同時に動かすことによる重体移動を二段階で行うその拳技は顧問の先生の鳩尾を打ち貫く。

 その技の名は

「鬼門流総合武技術第一奥義、火縄。」

 その技が齎らす衝撃により顧問の先生は肋骨数本は折れ、全身が麻痺し、喋るのも起き上がるのもままならない状態であった。

「なっ、なんで…?」

「あなたは意志を曲げた。意志を曲げた暴力で、武を辱めたあなたは…」

 蓮火はがら空きである顧問の先生の腹部に跨り、拳を振り上げる。

 その時、彼は思い出した。下に倒れる相手を馬乗りし、上に跨る自らが自由の両手で殴るという総合格闘技の技の一つ。

 グラウンドパンチ。それは自身がかつて、弱く無抵抗な下級生相手にした仕打ちをやらされることを知った彼は悲鳴を辛うじて喚くしかなかった。

「ひっ、びぇえええええ!!」

 蓮火の拳が振り下ろそうとした瞬間、その彼女の腕を掴み、制止した人物が現れた。

 その名は鋼原奈緒。彼女は蓮火を腕から立たせ、顧問の先生の前に割って入った。

「いい加減にしなさい! 戦意を失った相手に追い討ちを掛けるのは格闘家のすることじゃないわ!」

「この方、いや、こいつは純粋な武道を暴力の吐口に堕としたんですよ。許せる訳がありません!」

「だから、暴力で仕返しするなんて、やってることはこの汚い大人と同じことよ! これ以上、追撃するなら…私が相手になるわ!」

 奈緒は拳を構え、蓮火を真剣な眼差しを向け、牽制する。それに対し、蓮火は彼女の闘志を見せられ、先ほどまでの冷酷な怒りが消え去り、初めて出会った時のように純粋な明るさに戻り、瞳を輝かせた。

「また、私と手合わせをしてくれるんですか! あの頃の町内空手大会以来です! やったーーーーー」

「あっ、えっ? あああ! いや、違う、違う! 今のは気の昂りというか、がらにもなく熱くなっただけっていうか…今の言葉なし! なしだから!」

 蓮火が喜びの余り両手を上げ広げ、万歳する姿に奈緒は我に帰り、格闘嫌いになったはずの自分が宣戦布告したことに気が付き、慌てて訂正しようとする。

 しかし、当の本人は奈緒の両手を掴み、憧れの瞳で訴える。

「駄目ですよ! 格闘家に二言はありません! 今は無理ですが、来週の日曜日に奈緒さんの道場で決闘しましょう! 約束ですよ! では、今から修業に行ってきます!」

 蓮火はスキップしながら、部室を後にし、何処かへ行った。

 そんな彼女の変わり様を周りはただ呆然とするしかなかったが、奈緒だけは膝を落とし、打ち拉がれ、後悔の叫びを発する。

「空手馬鹿女って、また言われるぅ! うわぁぁぁぁぁん!!」

「奈緒、大丈夫か…」

「ふふふ、これは面白いことになりそう。色々準備しなきゃ。」

 一心は奈緒の心配をし、呂夢は何かを企む中、先ほど虐められた下級生は上級生や顧問の先生を屈服した蓮火の格闘技術に対して確信に至った。

「お父さんの言っていた日本の最古にして最強の総合格闘術、そして、赤髪赤眼が特徴の鬼門の一族。やはり存在したのか、空手の化身と呼ばれた兄さんに匹敵する少女…鬼門蓮火が…!」




 

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