トリあえず、僕は。【KAC20246】

かがみゆえ

トリあえず、僕は。

 .





(疲れた)


 22時30分過ぎ。

 バイトが終わって、帰路につく。

 大学生になって3年目。

 僕は大学生になって、学業、アルバイト、友だち付き合い、就活、その他諸々と毎日忙しく過ごしている。


(……眠い。家に帰ったらシャワーを浴びたいけど、今は寝たい……。ご飯は……あぁ、確か冷蔵庫に素麺の残りがあったな。昨日、素麺を大量に茹でた僕、ありがとう)


 昨日の僕の行動が、今日の僕を救ってくれている。

 自分で自分を助けられるなんて、僕は自分を褒めてあげたい。

 自画自賛、すばらしい。


 自宅に到着して、眠気MAXで玄関の鍵穴に鍵をさす。

 でも、鍵穴に鍵がささらなかった。


「?」


 寝惚けて家を間違えたんだろうかと思ったけど、部屋番号は間違えてない。

 いつものように鍵をさす向きも間違えていない。

 でも、試しに180度回転させて鍵をさすと鍵穴にぴったり入った。


(あれ、もしかして僕ったら今日は施錠しないで家を出ちゃった?)


 やっちまったと思ったけど、後悔しても仕方ない。

 不在中に不法侵入されても仕方ない。

 貴重品は持ち歩いているし、男子大学生の一人暮らしだ。

 取られて困るものは特にない。


(う~ん……今日の朝は時間に余裕があって出て来たから施錠し忘れたことはないと思うんだけどな)


 一人暮らしをする時に『毎日戸締まりはしっかりするのよ!』と母親にしつこく言われたから実行してたと思うけど、気が緩んでしまったのかもしれない。

 そう思いながら、玄関のドアを開ける。

 眠い時に余計なことをぐだぐだ考えてしまうのは、僕の悪い癖だ。


「ん?」


 靴を脱ぐ時に何かを踏んだ気がするけど気にしないで、ベッドがある洋室へと進む。

 しっかり自炊するようにと1Rじゃなくて1Kのマンションを借りてくれた両親には感謝してるけど、こういう眠い時に移動するのが面倒だと思う僕は親不孝だなと思ってしまう。


「きゃあ!」

「うわぁ!」


 キッチンを通って洋室のドアを開けると、何故か悲鳴が聞こえた。

 しかも二人分。


「か、かずくん……」

「せ、先輩……」


 一人は僕の彼女で、もう一人は見知らぬ男。

 見知らぬ男は僕を見て『先輩』と言ったけど、僕は知らない。


「これは、その……」

「いやっ、あのっ、あのね?」


 僕のベッドの上で真っ裸の二人。

 何やら慌てて何か色々と言っている。


「どいて」

「へ?」


 僕がそう言うと、二人は僕をじろじろと見ながらベッドから出た。


「かずくん!?」


 二人がいなくなったベッドにダイブした僕はそのまま夢の世界へ旅立った。





「……ん~。ん?」


 目を覚ますと、真っ暗だった。

 掛け時計を見ると、23時28分。

 帰って来てから一時間も寝てなかった。


「お腹すいた……」


 さっきまで眠気が勝っていたけど少し眠った結果、今は空腹が勝っていた。


(あれ、そういえば何かあったような……)


 素麺を食べてから考えよう。

 背伸びをしながら洋室を出る。


「あ……」


 キッチンに僕の彼女と見知らぬ男がいた。

 二人は食卓で何かを食べているようだった。


「あ、かずくん。起きたの? お、おはよう」

「うん」

「素麺あるんだけど、かずくんも食べる?」

「うん」


 食卓に並んでいたのは、僕が昨日茹でた素麺。

 二人はそれを食べていたようだ。

 素麺は記憶にある分より大分減っていた。


「あの、彼は私のゼミ仲間の……」

「うん」


 彼女が見知らぬ男の紹介をするが、どうでもいい。

 今は素麺を食べたかった。


「かずくん!?」


 僕は戸棚から紙コップ2個と割り箸を取り出す。

 紙コップに素麺を3玉入れて、もう一つの紙コップに素麺のつゆを注ぐ。

 そして、食卓から少し離れたところで床に座って素麺を食べ始める。


「何してるの、かずくん!」


 二人が得体が知れない者を見ているような顔で僕を見る。

 僕はそんなにおかしなことをしてるだろうか?

 だって、僕が普段から使っている食器は今二人が使っている。

 必要最低限の食器しかないんだから、紙コップを使って何が悪いんだろう?

 見知らぬ男が使ってる箸は僕のだから、割り箸で素麺を食べる。


「先輩っ。すみませんっ、俺、先輩と彼女が付き合ってるの知ってましたけど、入学した時から彼女のことが好きで……っ」

「寂しかったの! かずくんったら私のこと、ほったらかしにするんだもんっ。今日も会えないから寂しくて彼と……っ」


 椅子から立ち上がって、二人が何か言っている。

 ズッ、ズルズル、ズルズル。

 僕から出るのは素麺を啜る音。

 3玉なんてすぐになくなるから、おかわりをしに素麺を取りに行く。


「う、うぅ……」


 紙コップに素麺を入れる僕を見ながら、何故か泣き出す彼女。

 僕は紙コップに素麺は何玉入るのかチャレンジする。


「かずくん、怒ってる? 怒ってるよね……」

「怒ってないよ」

「うそ、怒ってる……」

「怒ってないよ」


 4玉入ったのなら、5玉もいけるんじゃないかと素麺を押し込むけど、200mlの紙コップには無理だった。

 素麺の玉が大きかったのが要因もしれない。


「じゃあ、なんで私を見てくれないの!? 絶対に怒ってるじゃん!」


 彼女に腕を掴まれたから、床に置いてある素麺のつゆ入りの紙コップで素麺を食べられない。


「怒ってないよ」


 怒ってるって何度も確認するからトリあえず、僕は笑ってみせた。


「ひっ!」


 彼女が僕の腕から手を離す。

 見知らぬ男も僕を見て、怖がっていた。

 どうして、怖がるんだろう?


「怒ってないってば」

「あ、あぁ……」


 笑って答えたのに、ガタガタと小刻みに震え出す彼女。

 見知らぬ男は顔が真っ青だ。


(時間を避けないから付き合えないって何度も断っても、それでもいいから邪魔しないって言うから付き合ったんだよな? こいつのお父さんが酒乱で暴れることが多いから、万が一に備えて避難先としてこの家の合鍵を渡したんだ。ラブホにして良いとは言ってない)

「あ、あの……」

(就活が本格的になる前にちょっとでも貯金出来るようにバイト頑張ってたんだよな。こいつは分かったって了承してたよな? 自炊する時間も勿体ないから素麺茹でてストックしてた。食べないでって何度も言ってたのに、どうして食べてるんだろ?)


 声には出さないけど、そんなことを考える。


「彼氏の家で彼氏のベッドでヤった後に浮気相手と食べる素麺は美味しかった?」

「っ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 彼女から初めて『ごめんなさい』の言葉を聞いた。


「せ、先輩……」

(先輩先輩って僕はお前のこと知らないよ。彼氏持ちって分かってて手を出したって言ってたけど、その彼氏の家でヤるってどういう神経してるんだろ?)


 見知らぬ男は僕を見ているだけで、何も言わない。


「彼氏に浮気がバレても隣で呑気に素麺食べてるんだね。そんなに僕が茹でた素麺は美味しかった?」

「え。この素麺、彼女が頑張って茹でたって……」

「ゆで卵を作るのに生卵をレンジでチンしようとした女が素麺を茹でれると思う?」

「え……」

「違うのっ! それは寝惚けてて……」


 一体、何の弁解をしているんだろう。

 もっと他に弁解するところがあると思う。


「まぁ、何でも良いや。合鍵返して」

「嫌っ! 別れたくない!」

「浮気した方に拒否権はないよ。交際を続けるわけないだろ。浮気相手と付き合いなよ」

「嫌! いやぁ……!」


 僕と別れることよりも、僕の家をラブホとして使えなくなることが嫌なんだろうな。


「合鍵返したくないなら、管理会社に鍵自体を交換してもらうからその代金払ってね」

「かずくんっ、あんたには人の心がないの!?」

「あのさ」

「なによ!?」


 お腹が膨れて来たから僕はある事実を述べることにする。



「さっきからかずくんかずくんって言ってるけど、誰のこと? 僕、かずくんじゃないんだけど」



 僕は彼女にとって都合の良い男の一人だったようだ。

 でも、忙し過ぎて何か高価なものを買わされたとか理不尽な目にはあってないからダメージはない。

 強いていうなら、ベッドを汚されたことと素麺を食べられたことだろうか?

 あと、見知らぬ男には自分の箸を使われたことかな?

 食器は良いけど、箸は再度使いたくない。

 流石に新しいのに取り替えないとな。


(二人に食べられたから明日の分の素麺はないな)


 日付けが変わる数分前、僕は残念に思った。


 彼女と見知らぬ男は呆然としてたけど、どうしたんだろうか?

 ぼくは訊ねるつもりはない。

 もうすぐ日付けが変わるんだから、帰って欲しい。


 - END -

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