チョコレートをどうぞ
@ramia294
ニャンスキー粒子2
二月も一週目を過ぎた。
またも、あの嫌な季節が巡ってくる。
母親は、怒り、
父親は、小さくなる。
妹は、笑い、
お隣に住む、
僕にどうしろと言うのだ。
僕の責任では、無いだろう。
あれ程の大量のチョコをどうするのかという問題が、大きいという事は、認める。
でも、恵まれない子供たちに寄付をと、引き取ってくれていた朝日奈さんのあの気の毒そうな笑いは、断じて僕の責任ではない。
「大丈夫だ。今年は倉庫をひとつふやした」
父親が、消え入る様な声を出す。
元はと言えば、父親の責任である。
我が家が、田舎で良かった。
田舎の広い庭で、倉庫を作る事が出来なければ、困った事になっていたはずだ。
二月十四日。
バレンタインデー。
僕の家、いや、僕には、大量のチョコが届けられる。
トラックに満載されたそれは、どんなに頑張っても一人では、食べきれなかった。
それが、年を追う事に増えていく。
去年は、トラックの台数が、五台になった。
寄付のためと、毎年チョコを引き取ってくれる朝日奈さんは、海外の恵まれない子供たちに送るからと、最初は喜んでくれたが、最近はあまりの量に、持て余し気味らしい。
モテるという事は、厳しい。
学校では、毎日の様に告白され、女性教師の露骨な誘惑に耐えなければいけない。
通学電車は、僕の乗る車両が、女生徒で満員になり、女性専用車両と勘違いした、乗客のクレームが、鉄道会社経由で僕の家に届けられる。
街を歩くと、あちらこちらから、スマホが僕を狙い、僕が家に帰るまでつけまわす女性の行列が数キロも続く。
最後尾が、隣の駅だということも日常茶飯事だ。
元々、ごく普通の高校生だった僕は、しかし、モテなかった。
バレンタインデーだって、隣に住む、幼馴染の
モテない僕を笑った瞳の話に、父親が頑張った。
僕の父親は、研究者で発明家だ。
その昔、
父は、猫が愛される秘密を解き明かした。
愛される特殊な粒子を猫が絶えず生みだしている秘密を突き止めた父は、当時三度目の世界大戦の危機に瀕していた世界を人工的に合成した特殊な粒子を使い、危機を回避、世界中を平和にするという偉業を成し遂げた事がある。
父の発明をニャンスキー粒子という。
それは、愛を生みだす粒子。
父と母の結婚のきっかけを作った粒子。
それは、争いよりも愛する方が素晴らしいと、当たり前のことを気付かせてくれる、魔法の粉。
僕の父は、改良した粒子を小さなカプセルに詰めた。
薬のカプセルの様なそれを僕に、飲むように勧めた。
「これで、世界で最も愛される男になる。ただし短期間だ。一週間も経てば、体外に排出される。その時点でこの粒子の効果が消える。それからは今まで通り……モテない」
おそらく僕と同じモテない時を長きに渡り過ごして来た父は、同情の目を僕に向けた。
そして、バレンタインデーの二日前に飲むと良いとカプセルを僕に渡した。
一部の例外を除き、効果はあった。
カプセルを飲んだ翌日、通学路で熱い視線を感じた。
今までに無い経験だ。
いつも一緒に登下校している瞳も不気味な雰囲気だと言っていた。
教室に入ると、いつもの様にお喋りしていた女子の声が、急に消えた。
その日の昼休みに、三人の上級生、五人の下級生、そして同じ学年の女子二人から告白された。
さらに、放課後、女性教師からも。
一緒に帰宅する瞳が、教室に入って来なければ、服を脱ぎだす勢いだった。
翌日は、告白される人数がさらに増えた。
そして、バレンタインデー。
確かに、ニャンスキー粒子は、凄い発明だった。
二日前に飲んだカプセルは、
トラックの荷台からこぼれ落ちるチョコを僕にもたらした。
計算外だったのは、粒子が体外に排出されなかったことだ。
無差別に僕への愛を生みだし続けるニャンスキー粒子。
瞳への影響がない事が、せめてもの救いだった。
それは、時間と共に僕への愛を持つ女性を増やし続け、
日ごとに、その地域を拡大し続け、
月ごとに、テレビの中の男性アイドルの仕事を奪い続けた。
自分の新たな発明が失敗に終わり、対策を考える父。
「お前が、特殊体質なのかも」
いい加減な結論を出す父親。
どんな体質でもこのままでは……、
元のモテない頃を
懐かしむ、身勝手な僕。
その日は、冬には珍しく激しい嵐だった。
学校からの帰宅途中。
空には、稲光が走り、少し遅れて大きな音が、轟く。
翌日をバレンタインデーに控えたその日の瞳の機嫌が最悪だったが、雷に弱いので、僕の腕に捕まる様に、歩いていた。
徐々に近づく雷。
光と音の時間差が、小さくなり、轟く音が大きく響く。
すぐ近くに、落ちたのだろう。
いちだんと、大きな音。
瞳が、思わず座り込む。
腕を掴まれている僕は、引っ張られる。
お互いの顔が、すぐそばに……。
瞳の唇に吸い寄せられたのは、粒子の影響かもしれない。
その夜、僕は腹痛に襲われ、トイレに何度も通った。
どうやら、ニャンスキー粒子が体内から出ていったらしい。
あれから、一年が過ぎた。
全くモテなくなった僕は、街を歩いていても、誰にも見向きもされない。
気楽な生活に戻れた。
相変わらず、瞳と二人で歩く代り映えのしない街並み。
今年もバレンタインデーの近づく街は、恋人たちで賑わう。
瞳は、否定するが、
ショーウインドに映る僕と瞳は、恋人同士として街に溶け込む。
今日は、瞳に付き合いプレゼント用の義理チョコを探しに、街へ出た。
瞳は、雷の日の出来事は、事故だと主張。
二人は、友達以上恋人未満だと主張する。
『今年も義理チョコだよ』
そう言いながら、瞳が買ったチョコは、ひとつだけだった。
僕は、昨日の父親の言葉を思い出していた。
「何故、体内のニャンスキー粒子の影響が、全ての人に及ばないのか不思議だ」
僕の疑問に、父親が答える。
既に、愛する人がいる場合、ニャンスキー粒子の影響は、受けにくい。
粒子は、愛を生み出すものだからだ。
つまり、
僕に好意を寄せる女性。
その場合、その女性は影響は受けない事になる。
そういえば、ニャンスキー粒子の服用前後で、瞳の僕に対する態度は全く変わらなかった。
「はい、今年もトリあえず義理チョコ。今年から、もう他からは貰えないんだから、ありがたく頂くのよ」
義理チョコだと言って、凝ったラッピングをされた袋を差し出す瞳の頬は、赤く染まっていた。
たったひとりのための義理チョコ。
瞳の差し出すそれは、トラック数台分のチョコより僕にとって、貴重で嬉しいものなのだ。
終わり
チョコレートをどうぞ @ramia294
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