鬼ごっこ

裏道昇

鬼ごっこ

 夏休みも中盤に差し掛かった頃だった。

 俺達三人は誰もいない高校の校庭に集まっていた。


 この町はど田舎なので、人の目は全くなかった。

 俺の前でアキラとサトシが向かい合っている。


 校庭には二十五メートル四方の白線が引いてある。

 二人は白線の上から睨み合っていた。


「約束は守れよ?」

「……お前こそ」


 アキラの低い声へと応えるように、サトシが鋭い視線を返す。

 今から始まるのは『鬼ごっこ』だ。

 

 ――ただし、十万円を賭けている。


 夏休みの間に金を使い過ぎたアホ二人は『鬼ごっこ』で補填しようと考えたのだ。

 俺は審判で呼ばれている。本音を言えば帰りたい。


 しかし、アホ二人は本気である。

 この熱い中、全身の関節を守るようなサポーターを身に付けている。

 もちろん、インナーやヘルメットも忘れていない。


 ルールはシンプルだ。

 制限時間は五分間。白線から出てはいけない。

 鬼のサトシは相手の体に触れた状態で「捕まえた」と言えば勝ち。

 逆にアキラは五分間逃げ切れば勝ちである。


 ただし、これではサトシが有利過ぎる。行動範囲が狭いからだ。

 そのため、条件を一つ追加している。


 アキラは道具の持ち込み可能。

 ただし、嵩張るなら不利になるだろう。


 以上。

 他は何でもあり。


 二人は俺の声を待っている。

 俺は馬鹿馬鹿しく思いながら、口を開いた。


「始めっ!」

 俺はストップウォッチを押した。



 開始直後、二人とも前へと出る。

 アキラも前へと出たのは、隅に追い詰められることを嫌がったのだろう。


 間合いに入った瞬間、サトシが右手を鋭く伸ばす。

 背の低いアキラが右に移動しながら小さく屈んで避ける。


 サトシが左腕を時計回りに回すように、アキラを追い掛けた。

 アキラが上半身だけ下がって躱した。


 焦れたサトシが右手を三度、連続で伸ばす。

 アキラは左、右と避けると、最後の右手を自分の右手で弾いて見せた。

 それでもサトシは諦めずに押してゆく。


「!」


 アキラが後ろへと目を遣る。

 白線が迫っていることに気が付いた。


 サトシは長身を活かすように広く構えて、じりじりとアキラを追い込んでゆく。

 両腕で追い込むように、サトシがアキラを捕まえようとする。


「……っ」


 アキラは一度、しゃがみ込んでやり過ごす。

 しかし、サトシはすぐ真上である。このまま手を伸ばせば勝負ありだ。


 その時アキラが右手を払った。


「う……?」

 サトシの苦しそうな声。


 アキラはいつの間にか距離を取って、仕切り直していた。

 サトシは何度も顔を拭っている。


 ――あいつ、砂で目潰しをしやがった。

 ――現実でやる奴を初めて見たよ。


 俺はストップウォッチへと目を向けた。


「残り半分!」


 二分三十秒が過ぎていた。

 次は十秒前からの秒読みもすることになっている。


 少し慌てた様子のサトシがアキラへと歩み寄る。

 そこでアキラがにやりと笑った。


「?」


 サトシの不思議そうな顔を無視して、アキラはショルダーバッグへと手を伸ばす。

 持ち込みを許可された道具を使うつもりだろう。


 出したのは――ペットボトルだった。

 アキラはペットボトルの封を開けると、入っていたパチンコ玉をばら撒いた。


「お前、何やってんだ!?」

「ははは、これで勝ちだ!」


 サトシの言葉を他所に、アキラはパチンコ玉をばら撒いてゆく。

 あっという間に白線内がパチンコ玉で一杯になった。


 ――流石に汚ねえ。

 ――友達やめた方が良いかな?


 そこからは酷いものだった。

 アキラもサトシもパチンコ玉に足を取られて何度も転び続けるだけである。


「あと十秒!」

 秒読みを開始する。


 転びながらサトシが叫ぶ罵詈雑言と、同じように転びながらアキラが高笑いする声が校庭に響いていた。


「終了! ……アキラの勝ち」


 流石にサトシが哀れだった。

 お互いに動けない状態を作るという発想がもう駄目なのよ。


「よっしゃぁ!」


 アキラはと言えば、何の罪悪感もなく十万円を喜んでいた。

 叫び声を上げて、飛び跳ねる。


「あぁ?」


 瞬間。アキラはパチンコ玉を踏んで、盛大に転ぶ。

 右足から大きな鈍い音が聞こえた。


 アキラの悲鳴が響き渡る。

 全ては表沙汰になり、俺達は死ぬほど怒られた。


 サトシが立派だったのは、ちゃんと十万円を払ったことだ。

 ……全て治療費に消えたが。

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