第1話:発覚と決意

 雨降る暗闇の中を走っていた。

 盗んだ食糧も尽きて――誰かに追われながらも、ただひたすらに逃げ続ける。立ち止まれば捕まるだろう。それが分かるから、俺は限界に近い体に鞭を打つ。

 もう魔力は空っぽで今にでも倒れそう――だけど、逃げないといけないから。


「逃がすな! 追え、魔法を使ってもいいからあの化物を捕まえろ!」


 そんな声を聞いて、体がビクッと跳ねてしまう。

 怖い……殺されるかもしれないと、そんな言葉が頭を過る。

 辿り着いたのは洞窟、町から逃げてきた先にあったのは崖下の洞窟だった。身を隠し息を潜めて朝を待つ、きっとここさえやり過ごせばとそう思ったからだ。 

 

「はぁはぁ……もう、嫌だ」


 俺は何を間違えたのだろうか?

 前世の記憶を持ったこと? もしくはそんな俺でも受け入れてくれた両親が死んで買われたとき? それともその生活が嫌で逃げたから? もしかして生まれたことすらも……そんな事を自問するが、答えはでない。


「あぁ、寒いなぁ」


 ただ今は……凄く寒い。

 ボロボロで疲れてて……どうしようもなく体が冷える。

 死にたくないなとそう思っても、現実は残酷で――俺の体を蝕んで。


「へぇこれが闇の鬼子なのね」


 意識が落ちるそんな時だった。

 ……その子の声を聞いたのは。

 白い狼と黒い狐を従えるように現れたのは蒼い瞳の少女。

 この暗闇の中ですらも目を奪うような肩程までの漆黒の髪を持つ、振り袖姿のその少女は俺を見て笑う。


「ねぇ……貴方、私のものにならないかしら?」


 だけど、もう声も出せない俺は彼女が綺麗だなと思うことしか出来なくて……ただ純粋に眠りに落ちた。

 


 目が覚めると、俺はベッドの上で寝かされていた。

 何があったかは分からない。ただ分かる事はもう寒くないって事だけで――周りを見渡せば無駄に豪華な和風の部屋って事だけを理解する。


「どこだ……ここ?」


 誘拐された?

 頭にそんな言葉が浮かんだが、追われている俺をわざわざこんな所に連れて行く意味が分からないし……何より体を見れば逃げている間に出来た傷が消えている事が不思議でたまらなかった。


「頭痛いな」


 これからどうなるんだろうか?

 十二年前、気付けば俺は異世界で【カグラ・ヨザキ】という少年に生まれ変わっていた。


 この世界はよく聞くファンタジー世界のようで、魔法があり魔物もいると異世界。それに加えて形式化された魔法とは別の個人が宿す固有魔法というのがあるのだが……それは本来貴族と呼ばれる者しか使えないはずだった。

 

 だけど俺はとある固有魔法を宿してしまい、その物珍しさから親戚によって貴族に売られたのだ。そこでの扱いとしては最悪で、完全に奴隷と変わらなかったと思う。

 この状況誰にどういう目的で拾われたかは分からないが……警戒しておくことに越したことはないだろう。だって、貴族にはロクな思い出がないし。


「あら、起きたのね? 治しておいたけど、調子はどうかしら?」


 そんな時だった聞き覚えのあるような凛とした少女の声を聞いたのは。

 部屋の扉が開き、そちらを見れば、そこに立っていたのはここに来る前に最後に見た漆黒の少女。何処かで見たような彼女はくすくすと笑いながらも俺を真っ直ぐと見つめて言葉を待っているようだ。


「あんた誰だよ」

「私? ……そうね、貴方を拾った者かしらね」

「なんで俺なんかを拾ったんだ?」

「ふふ、興味があったから。鬼子と言われる程に貴族の元で魔物を狩った同い年の子供、そんなのが逃げ出したと聞いて気になったの」


 当たり前のじゃないかと言いたげに、そんな事を告げる彼女。

 俺は持っている固有魔法の一つのおかげか、人の悪意などを見分ける力を持っているのだが……こいつからは悪意や善意は感じない。今言った通り本当に興味で俺を拾ったのだろう。


「なら、俺を何に使うつもりだ? 拾ったって事は目的があるんだろ?」

「そうね。聞くのなら単刀直入に言うわ。貴方私のものになりなさい?」

「……どういう意味でだよ」

「従者にしたいって意味ね――私には今従者がいないから強いと聞いてる貴方が欲しかっただけ……それ以上はないわ」


 真っ直ぐと俺を見つめながらそう断じて、俺の言葉を再び待つ彼女。

 悪意などは無く、ただの興味からだろう。なんで俺なのかは分からないが、強い者が欲しいなら他の者でも良いはずだし……何か裏があるかもしれないが、助けてくれた恩もある。


「断ったらどうするんだ?」

「それなら帰すわ、私は外道には成りたくないもの――貴方の身辺は調査したけど、勝手に売られた被害者で、売られた先で冷遇され兵器と言っていい生活を強いられていたのは知ってるの」

「……よく調べたな」

「だって欲しいと思ったものよ? ちゃんと状態を把握しないといけないじゃない」


 それこそはっきりとした意志を伝えるように、そう言いきった彼女。

 かなりの変人というか……ゾクゾクするような謎の魅力を持つ彼女。少なくとも悪人ではないと判断した俺は、どうせこの先やることもないのでその誘いを受けることにした。


「さいですか……はぁ、分かったよ。それなら暫く従者はやってやる――で、あんた名前は?」


 今更ながら既視感のある顔立ちの少女。何処で見たかを思い出そうとも何かが突っかかって分からないが、フルネームさえ聞けば分かるだろうと思って気軽に聞いたのだが……。


「私? そういえば、名乗ってなかったわね。私はシズク。シズク・ヨイヤミ。分かりやすくいえば、この和国の姫かしら?」

「…………待ってくれ?」

「何を待てば良いのかしら?」


 そして彼女に名前を告げられて……その瞬間にこの世界に対して思っていた違和感が全部解消された。

 思えば、俺の今世の名前にはずっと違和感を持ってた。

 なんなら聞いた事があるし、それどころか自分が使える魔法とか覚えがあるし……何より使い方を知っていたかのようなレベルですぐ使えたし。いや、それよりだ。

 

「え、シズク? ヨイヤミ家? ……待て待て、いや――って事は学園があって、和国?」

「急にどうしたの? 焦っている様だけど」

「なぁすっごい失礼だとおもうんだが……本当にヨイヤミ家のシズク様?」

「私以外のシズク・ヨイヤミが居たら会ってみたいわね」


 ……ベッドの上、だらだらと冷や汗が流れ始める。

 彼女の名前、この国の名……そして自分の【カグラ・ヨザキ】という名。

 どうしよう嫌な予感しかしないし、何より――笑顔の彼女が今更ながら凄い恐ろしい。いや、好きだよ? 彼女は確かにこの世界のというかゲームの推しキャラではあるけれど……。


「……ちょっと考え事があるからまた明日話さないか?」

「いいわ。けど大丈夫?」

「あ、あぁ――大丈夫だからちょっと部屋を出てくれると助かる」

「まあ疲れてるわよね、情報的に一ヶ月間貴方は逃げてたもの」 


 そして彼女はベッドの上で絶望する俺にまたねと言って部屋を出る。 

 しばらくの沈黙が訪れた場所で、俺は一度冷静になろうとして――――今までこの世界で生きて手に入れた情報を精査し。


「……あ、ここあの乙女ゲーの世界だ」


 酷い頭痛に襲われながら、俺はそう結論づけた。

 思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。それどころか、自分が主人公の攻略対象のヒーローである事も自覚して……何より、シズクが悪役令嬢だと言うことも理解して?


「本当に待ってくれ? 俺、この先監禁エンドに怯え続けなきゃいけないのか?」


 そして頭に過るのは十五個以上あり、半数がヒーロー監禁バッドエンドというやばいカグラルートのこと。え、つまりなんだ? 俺はこれから何をすれば?

 考え続けるも何個もあるバッドエンドのせいで俺の頭は混乱状態。


「いやでも待てよ?」


 シズクはヤンデレだ。

 それも主人公である少女を引き立たせるためだろう対比されるように設定された重度のヤンデレだ。でもそれは、原作というか元のカグラが好感度を稼いだからだ。

 俺としては監禁ルートは怖いが、推しである彼女には幸せになって欲しい。

 ……従者になるのはこの際構わない。一度言ったことを曲げるのは嫌だし。


「――そうだよ、俺にはゲームの知識があるだろう」


 このゲームはやりこみ系のRPG乙女ゲーだ。

 それをバッドエンドを回収するためだけに何周もプレイした俺には確かな知識が残っている。それにだ……俺はやりこむにあたって全ルートをプレイ済み。

 他のバッドエンドはあんまり把握してないが、正規ルートに関しては暗記したと言っていい。


「それなら目指すは、ハッピーエンドだ。せっかく拾ってくれたんだシズクには幸せになって欲しいし、別の相手を見つけよう!」

 

 乙女ゲーという世界故か、このゲームにはイケメンの上に性格の良い奴ばっかりで……きっと相手は幾らでも居る。というか、いなきゃ困るし俺が監禁されるのは嫌だ。


「決めた。決めたぞ――俺はこの世界を生き抜いてやる。絶対にヤンデレ監禁エンドは目指さねぇ。そしてシズクには幸せになって貰うんだ!」

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