第12話 これがあなたの推し男? 後編
「諸積センパイ! 会えて嬉しいですっ!」
桃未が激オコだぞと突入してきた直後、あんずはすぐに桃未に向き合って機嫌取りを始めた。
なんて奴だ。さっきまで俺しか見てなかったくせに。
「ほ、ほえ? え? あたし何かしました?」
「い~え、何も。でもすっごく会いたかったんですよね~。何でだか分かります?」
一体何を言うつもりだ?
「な、何だろう……? 悠真くん、分かる?」
「あ~それは――」
「――あんずのライバルだからですよ!」
――っておい!
ライバルだと? 何のライバルだそれは。
「ララバイ……? それならあたしの得意技! ね、悠真くん!」
桃未、それは違うぞ。そして俺はただの一度も桃未の子守歌を聞いたことは無いはずだ。そもそも俺よりも桃未の方が先に寝てしまうしな。
「ライバルだってばっ!! あ、いえ、です」
「ん~? あぁ! いいと思うよ。ライバル賛成! あたし、正直言って心配だったんだ」
「さ、賛成? え、どうしてですか?」
一体何を考えているんだ桃未は。そして何を言うつもりだろうか。さっきから俺をちらちらと見ては目配せしてきているのもいつもと違うし。
「悠真くん、てっきり同じ学校の女子たちから総スカンされてるんじゃないかなって悲しくなってたんだけど、なぁんだ……! ちゃんといるじゃん! 良かったよぉ~」
……桃未らしい答えと言うべきなんだろうか。でもこれを聞く限りだと、結局桃未は俺のことを何とも思ってないってことになる。
「ほ、本当に? だって桃未は……俺の――」
決して泣きそうになったわけじゃないのに、なぜか俺の方が悲しくなってしまった。
そんな俺の様子にあんずの方から折れたようで。
「はぁ……。冗談ですよ。っていうか、悠真とは単なる腐れ縁なので! そういうんじゃなくてからかっただけです。だからえっと、諸積センパイもそんな落ち込まないでくださいよ~」
なぬ?
落ち込んでいるのは俺だけかと思いきや、桃未もなのか?
あんずの言葉を信じて一瞬だけ桃未を見ると、今にも泣きべそをかきそうなくらい沈んだ表情に変わっていた。
「も、桃未……まさかこれから号泣するのか?」
「あはは~や、やだなぁ。するわけないじゃん! 悠真くん、お姉さんが人前で泣くわけないでしょ?」
かなり怪しかった気がするが。
「コ、コホン……。ライバルじゃないとすると、あたしとあなたはどういう関係になるのかな?」
絶対泣きそうだったが桃未はすぐに落ち着きを取り戻し、あんずに向き合ってその答えを待っている。
この辺はさすが年上といったところだろうか。
「推しです」
「お、押す? え? 悠真くんと押し合いするの? さすがにそれは負けるんじゃないかなぁ」
「推し!! 推しですよ。そこの悠真は推しメンというかですね、それこそ諸積センパイに推奨したいくらい好きってことです」
「す、好きなの!?」
「たとえですってば!」
桃未のおとぼけぶりにあんずも焦りだしているな。俺にとってはいつもの桃未なんだが、やはり扱いには注意が必要というべきか。
しばらくして――。
「ほほぅ~! 推し……ふむふむ。悠真くんをね~そっかぁ。つまりあんずちゃんにとって悠真くんは推しになるんだね?」
「そ、そうなります。もちろん、諸積センパイ……あなたの推し男という意味にもなるんですけど」
「悠真くんがあたしの推し男かぁ。ん~……う~ん?」
まだよく分かってないようだな。
「おい、あんず。どう収拾つけるつもりだ? このまま何を説明してもそこの奴は理解が追い付かないぞ」
「そんなの知らないってば! はいはい、悪かった。ごめん!」
投げやりかよ。あんずから桃未に煽っておいて完全に解決出来ないからって、それは無いだろ。
「悠真」
「何だよ?」
「悪友のあんずは退散する~! だからはい、これ」
そう言ってあんずは俺に鍵を渡してきた。
「じゃ、そういうことで~! あとよろしく!」
俺に鍵を渡したあんずは、逃げるようにして更衣室から出て行ってしまった。
「……ったく、何でこうなるんだよ」
「う~ん? あれ? あの子はどこへ?」
どこまで思考の旅へ行っていたんだこいつは。
「帰った」
「すると、この更衣室にはあたしと悠真くんの二人だけ!? こ、これはイケない展開が待ち構えているのでは!?」
「アホなこと言ってないで出るぞ。ここは本来運動部しか入れないしな」
鍵があるってことは俺が教員に返さないと駄目って意味だしな。
「悠真くん、いい子すぎない? お姉さんがせっかくうっふんなムードを盛り上げようとしているのにさ~」
言いながら無理やりセクシーなポーズを取るのはどうなんだ?
「アホか! 言っとくが外から丸見えなんだよ」
「おおぅ……それは失礼しちゃったよ~」
桃未を廊下に待たせ、とりあえず俺は更衣室の鍵を拾ったテイで返してきた。
「や、悠真くんにもちゃんと女子のお友だちがいたなんて、お姉さん感動しちゃったよ~」
「感動で泣きそうになったと?」
「そ、そうなんだよ。ぶわっと、こう……目から大量の汗が出そうになっちゃった」
嘘つけ。本当は俺が泣きそうになっていたのを察して、桃未の方が悲しくなっていたくせに。
「しかしまぁ……桃未を学校の中まで来させたのは悪かった。ごめん」
「卒業したのに入ることになるなんて思わなかったけど、悠真くんに会いたかったんだよ。だから悠真くんに謝るのはあたしの方なんだよ。ごめ~ん」
分かればいい話だな。しかし俺に会いたかった……なんて珍しいことを言うもんだ。また雨でも降らないよな?
「悠真くんはあたしの推し男! これだ! これでいこう!」
「……好きにしてくれ」
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