第11話 これがあなたの推し男? 前編
「……え? もう教室にいない? すぐに出て行ったの?」
「はい、いつの間にか……なんですけど」
むぅぅ、悠真くんめ!
あたしの目を盗んで新葉センパイに会いに行ったとかじゃないだろうね?
そんなことは許しませんからね!
「あのあの、諸積さん……一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
「えっ、あっはい~はぅぅ……」
いつものように悠真を迎えに来た桃未だったが、悠真が外に出て来ないことに痺れを切らして普段は絶対に入って来ない教室にまで顔を見せた。
しかし桃未の焦りとは別にたくさんの女子たちに囲まれての写真撮影会が始まり、桃未は悠真に会いたくてたまらないという、不思議な気持ちが芽生え始めていた。
「なぁ、あんず。どこに行くつもりなんだ?」
「黙ってついてくればいいの! なぐさめるってゆったじゃん!」
「分かったよ……」
そういや、桃未の奴は今日ももちろん迎えに来てるんだろうな。いくら桃未でもいつまでも俺を待つ性格はしてないし、諦めて帰ってくれればいいけど。
そうして悠真とあんずがどこかに向かっていると、悠真の視界にちらりと桃未の姿が映り込む。
ん?
桃未が校内に入って来たように見えたが、まさか校内にまで俺を探しに来たのか?
しかし、人見知りでなるべく男を避けたい桃未が教室まで入って来るわけ無いと思うから多分気のせいだな。
「ちょっと悠真、聞いてる?」
「おわっ!? ここはどこ? キミは……」
「は? 殴るよ? ここは更衣室。わたしは――って、言わせんな! というか、わたしが話してたこと、聞いてた?」
全く、気が強い奴だ。
「き、聞いてる。いや聞いてた…………と思う」
「はぁーーーー……何でこんなバカ男なんかを」
一体何を言っていたのか。桃未に神経が傾き過ぎていたな。
「って、誰がバカ男だ! 誰が!」
そうかと思えば何でこいつ、俺を見てるんだ?
「な、何だよ? 何で俺をそんなに睨んでるんだ? 俺が何かした――」
「――動かないでくれる?」
「――っ!?」
俺に何かしてくるかと思って身構えていると、あんずは俺の目の付近をじっと見ながら何度も首を傾げている。
「な、なにか俺の目に問題でも?」
「悠真、ちゃんと眉毛とか手入れしてる? なんか気になって仕方ないんだけど~」
何だ、眉毛を見ていたのか。良かった、いや良くないけど。
「正面じゃよく見えないから天井見てくんない?」
「へ? 天井?」
「身長差! ちょっとだけ目線が合わないんだってば! 早くしろバカ」
「くっ、一言余計だお前は!」
学校での付き合いが無駄に長いせいか、俺に遠慮が無い。そういう俺もあんずの言うことに素直に従ってしまうわけだが。
「姿勢が苦しくなるから仰向けになれば楽なん――」
「急所を潰されたければ……」
「わ、分かったよ。見上げる姿勢になればいいんだろ、なれば!」
俺だけ首が疲れることになってしまうが仕方ない――ということで、素直に天井を見上げようとすると、あんずの顔が天井を隠すかのようにして上から迫っている。
「お、おいおい、本当に眉毛を見るだけなんだろうな? 勢いそのままキスとかされたらシャレにならないぞ」
「ばーか。いきなりキスするとか妄想してんじゃないっての! んなことしないし。とにかく動くなよ~?」
信じるしかない……のか?
しかしこうなると俺の首の耐久性がもつかどうかだが、どうせ大して時間もかからないだろうしこのままじっとしとくしかないな。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
な、なんだ?
どこからか分からないが、耳がキーンとなるくらいのどでかい声が響いてきたぞ。
「こらーーー!! そこの女子! こそこそと悠真くんを隠してナニをしようとしたの?」
声だけですぐに分かってしまうが、それにしたってこのタイミングは無いだろ。
「…………ん~残念。もう少しだったのに」
真上に見えるあんずからは不穏な呟きが聞こえてきた。まさかと思うが、俺に何かしようとしていたのか。
「く、首が……」
大した長さではなかったと思われるが、首だけリンボーダンスな姿勢になったせいでなかなか回復出来ない。
「悠真。何してんの? 早く整えたら?」
「お前が言うなよ。全く」
「首、曲がってんだけど? その曲がり具合だと勘違いされそう」
不甲斐ないが、首をまっすぐに出来ないうえあんずだけを見つめている状態に陥っている。このままだとこいつの言うように嫌な予感しかしない。
「ねえ、悠真。もうすぐここに入ってくる人が悠真の彼女?」
「……ノーコメント」
「へー。それはいいこと聞いたかも。じゃ、少しだけ遊ぼうかな」
「何も言って無いぞ?」
だがあんずは俺の言葉に不敵な笑みを浮かべている。
そんな顔を見せるあんずにムカついているのか、更衣室の窓を通り過ぎて桃未が部屋の中へと突入してきた。
「悠真くんのヒーローの桃未さんだぞ! あたし、激オコなんだからね!!」
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