第6話 元カノVS変な対抗意識?

 彼氏のフリをするだけならもはや慣れたもので、下校中に出現する桃未への対応は彼氏【仮】として過ごすだけ。というのが俺の日課になりつつあった。


 男と一緒に並んで歩く――ただそれだけで、ナンパや告白から回避出来ることを知ったかららしいが。


 しかしその回避スキルは、あくまで見知らぬ男に限るものだ。同性相手には効き目が無いどころか、かえってよろしくない方向に勘違いさせかねない。


 俺の第六感的な予感は、大体そんな思いを抱いた時に起こったりする。


「悠真くん~今日はどこ行くぅ?」

「帰るよ」

「えぇ? もったいないことだよ、それ~」


 桃未は外にいる時はほぼ確実に手をつないでくる。俺もそのくらいなら意識も何も無いので拒むことなく受け入れているわけだが。


 そして家の近くの公園を通りがかった時だった。


「仲、いいね。でも手つなぎ程度なんて怪しくない?」


 公園から誰が声をかけてきたのかと思いきや。


「せ、星里香せりか……?」


 元カノの星里香はタレントの卵でありながら、何故か気配を消すのが得意だったりする。姉の聖菜さんもそんな感じで、俺もしょっちゅう驚かされたものだ。

 

 通りがかる公園は、草むらやベンチ、トイレくらいしか無く、隠れられるところなんてほとんど無い。それなのに一体どこから現れたというのか。


 しかし焦る俺の心配をよそに、桃未はオトナ女子モードに移行済みのようで。


「わぁっ、星里香ちゃんだ~! お久しぶり!」

「こんにちは、諸積もろづみセンパイ。相変わらず仲がいいですよね」

「うんうん、彼くんいい子だからね~」


 俺じゃなくて桃未ばかり見てるようだが、実は敵視してたりするのか?


「……でも、どうして手つなぎなんですか?」

「えっ? 彼くんとデートする時はいつもこうだよ~」


 彼くん呼びも警戒してのことっぽいな。


「付き合い始めてどれくらい経ちましたか?」

「んえっ? え、え~と……1年ちょっとかな?」

「1年経ってまだ腕組みじゃないなんて、お子ちゃまなんですね」

「て、手つなぎの方が温もりがあるじゃない? だからなの」


 彼氏のフリをし始めたのはつい最近だしな。そもそも星里香が勝手に誤解して別れたようなものだし、桃未と俺との付き合い方にケチをつける資格は無いと思うが。


「いいえ、セリと悠真の時はこれが普通でしたよ?」

「――お、おいっ!?」


 桃未との手つなぎに割って入ったかと思えば、

 

「ぬお! う、腕組みなんてけしからん!! 悠真くん、今すぐその子の腕から脱出しなさい!!」


 星里香によって勝手に手をほどかれたことに怒りを覚えたのか、いつもの桃未口調で俺にほえている。


 そんな桃未などお構いなしに、


「ねぇ、悠真。ここの草むらによく寝転がっていちゃついたよね? 覚えてる?」


 星里香は近くの草むらを見ながらそんなことを言い出した。


 冗談きついな。そんないい思いなんてしたことないのに。星里香はあまり感情を出さない彼女だったし、俺に対してどこまでの想いがあったのかも不明だ。


「いや、記憶に無いかな……」

「ふぅん? 今から思い出してみる……? いいよ? 悠真が望むなら」


 これは何だ?


 桃未の本気度を確かめるためのからかいによるものなのか?


 それともまさかと思うが、ヨリを戻そうとしての態度なんじゃないよな。


「桃未さん、どうすればいいか分からないからって覗きはどうかと思うよ?」


 何か視線を感じるなと思いきや、星里香がしようとしていることをずっと覗いている桃未が至近距離にいるし。


「覗くしかないなぁと思ったであります! だってこれって、星里香ちゃんの往生際の悪い……じゃなくて、えっと……と、とにかく悠真くんはあたしの隣にいるのが正解なの! 早くこっちに来なさいっ!」

「えっ……うん」


 いつになく強引な引きはがしだな。星里香の態度が気に障ったか?


 草むらといっても、人一人分くらいの小さなスペースしか無いうえにしゃがみ込んでもギリギリ。俺の記憶が正しければこんなスペースでいちゃつくことなど出来るはずも無いわけで。


 しかし桃未の反撃を喰らって星里香から離されたけど、星里香から感じたミントの香りは、付き合っていた頃を何となく思い出した。


「……悠真。セリは行くね」

「へっ?」

。また機会があると思う。だから、ね。悠真」

「あ、あぁ、うん。じゃあまた」


 一体何だったんだあいつ。


 桃未の反応を楽しむためだけだったのか?


 先輩のはずの桃未も星里香が苦手なのか押し黙ってしまったし、よく分からなかったな。


 それはいいとして手をつないできた桃未の姿が消えたかと思えば、いつの間にか俺の背中にしがみつきながら、うーうーと唸っているんだが。


「……あの子は何者?」

「元カノです」

「タレントさんは演技力がパネェ! あたしは何も言えなかったよぉ」


 だろうな。あの行動が演技かどうかは不明だけど、見えない圧があるんだよなあいつ。


「それにしても草むらに転がっていちゃつくことなどうらやまけしからん! そう思わない?」

「いえ、別に……あれ、嘘だし。てか、いい加減――」

「ズルいじゃん!!」

「何が?」


 俺の記憶に無いことなんだからそこまで気にしなくてもいいのに。


「星里香ちゃんが悠真くんといちゃついてた! あたし、まだいちゃついてない!!」


 だからといってまるで意識していないのか、グリグリと自分の胸を俺の背中に押し付けまくるのは反則過ぎるぞ。


「むぅ……アレをやってやるぅ!」

「どれ?」

「膝枕! 悠真くんと空いているベンチに座るの!」


 ひと気の無い公園ではあるけど割と目立つんだよなここ。


「今から座ると?」

「いいから座っちゃえ!」


 何かしら分かりやすい形でいちゃつきたいんだろうな。それが桃未なりの王道的な膝枕になるわけか。


「乗せて! の~せ~て~! ここ! ここなの! あたしの膝に頭を乗せるの!」


 桃未は自分の膝をバンバンと叩きまくって、俺にアピールをしまくっている。こうなると逆らっても負けるからやるしかない。


「悠真くんを独り占め! これがいちゃつきなんだよ、きっと。サービスでなでなでしちゃうぞ!」


 彼氏のフリはあくまでフリ。それがどうして元カノが現れたからって変な対抗意識が芽生えてしまうのか、桃未の考えていることがますます分からなくなった。


「……桃未のサービスをありがたく受けるよ」

「うむん! あたしは頑張っちゃうからね! 負けないんだから!」

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