第5話 いいのだ!(何が?

「ふんふんふんふ~ん」


 幼馴染の桃未は俺の親が公認している幼馴染だ。


 をいいことに時々俺の家に遊びに来る。もっとも、親公認と言っても婚約といったことが約束された関係ではなく、俺専用の家庭教師として来ていた実績があったから親からの信頼が半端ないに過ぎない。


 そしてそんな桃未が来ると、親は平気で留守を任せるわけだが……。


「なぁ、桃未。まだ着替えてたりする……?」

「ど~れ~が可愛いかなっ? どれにしようか迷っちゃうよ~」

「……くっ、俺の声を聞けよ!」


 二階にある俺の部屋と隣の部屋はかつて親たちが使っていた部屋で、壁がとてつもなく薄い。


 壁が薄いだけならまだ良かったが、室内引き戸があったところを閉じずにカーテンだけで仕切っている。そのせいでその気になればすぐに隣に行けたり……。


 互いの部屋を行き来出来るほど仲が良かった名残らしいが、自宅を改築した時に壁を埋めなかった弊害がまさかここにきて生じるとは思わなんだ。


 部屋の壁が……というより、あってないような薄い布が俺の理性を苦しめることになるなんて親は知る由も無い。


「ふんふんふん~♪ 悠真くん、可愛い服を着てるんだけど、あたしに似合うと思う~?」

「見えないから分かりません!」

「えぇっ!? 悠真くんの気配を間近に感じるのに、あたしが見えてないのぉ?」

「俺に霊能力は無いので」


 知ってか知らずか、桃未は部屋で着替えている最中に俺に感想を求めてくる。いくらカーテン仕切りといっても、しょっちゅうそこに目をやるわけじゃないから見えるわけも無いわけで。


「じゃあ見においでよ~!」


 何でそうなる。恋愛経験が乏しいからって、いくら何でも警戒心が無さすぎだろ。


「既成事実にされそうなので嫌です」

「既成事実って何だっけ? ともかく、あたしはそんなことは気にしなぁい~」

「俺は気にする。だから自由に着替えを楽しんでいいよ」

「むっ……!」


 桃未はナンパな野郎が気にするくらいのスタイルをしている。自らの意思で美少女コンテストに応募するくらいのプロポーションなのは確かだし。


 すらりとした――というより、桃未は手首や足首が細くくびれもあるふくよかな体型。自分で言っていたのはどうかと思うが。


 明るい性格でどこか上品さがあるし、何よりもちもちとした白肌だ。頬っぺたを何度か触ったことがあるから間違いない。


 警戒心が無いしキツく当たることもないから、そういう野郎どもには変に希望を持たせてしまうわけだ。


「悠真く~ん!! お~い! おいってば!!」


 くっ、何で俺の部屋の隣で着替えをするんだ?


 親が留守なんだから下の部屋で着替えればいいのに。


「何ですか?」

「敬語なんて使わないでよぉ。お姉さん、思わず泣きたくなっちゃう~」

「泣いてストレス発散出来るならそれでいいと思う」


 俺に彼氏のフリをさせるくせに、姉気取りするのは何でなんだ?


 一つだけ学年が違うだけなのにおかしいだろ。


「……女を泣かせる子にはお姉さん、思わずお仕置きをしたくなっちゃう! さぁ、尋常にであえ~!」


 姉貴と言う割にはまるでお姉さんらしさが見当たらない。ふわふわ系美人として学校で名を馳せていたと誰かに聞いたけど、まやかしだろう。


「出合いません」

「じゃあそこでなおっておれ!! 今すぐに会いに行っちゃうんだぞ~」


 そう言って本当に俺の部屋に侵入したことはない。だから今回も問題は無いはず。


「ほほぉ~! 悠真くんの秘密のお部屋はここぞな? いやぁ、お姉さん緊張感がすごすぎるよ」

「えっ? 嘘……だろ?」

「嘘じゃないよん! あなたのお姉さま……ではなく、桃未さんだよ? 気安く桃未って呼んでいいのよ?」

「……いつも呼んでるけど」


 問題あり過ぎだ。今まで思わせぶりなことを言ってきといて部屋に顔を見せることは無かったのに、何でそれがいきなり解禁される?


「悠真くんのお部屋はあたしからしたらやっぱりさぁ~……」

「なんすか?」


 桃未は今のところ仕切りカーテンから顔だけ出しているが、首だけで俺の部屋を見回している。


「な、無い!?」


 そうかと思えば焦った表情に変わっているが一体何なんだ?


「何が無いって?」

「せくしぃなアイテム!」


 ありがちな問題だが、俺は目に見える範囲に置かない主義。だから桃未ごときが焦ることにはならないと自負出来る。


「……無いけど?」

「何でぇ!? せっかくその辺に散らばってたりしたらどういう顔をして反応すればいいか分からなくなっちゃう~! って言いたくて仕方が無かったのに! どうしてくれるの!」


 何という自分勝手主義なんだ。面倒見切れないぞさすがに。


「……それなら笑えばいいだけだろ。笑えよ、桃未」

「笑えないよぉ……ぐすん」

「というか、首だけじゃなくて部屋に入ったら?」

「そうしよぅ!」


 俺の部屋に完全に移動して来た桃未の格好は、ラフTシャツにスカートという何の問題も無い状態。


 それはいいとして、何故か怒りが収まらないようで。


「悠真くんのお家に来た時点であたしは本気を出すつもりだったのだ! それなのに、今からどうやって本気を出せばいいの?」

「俺に本気出してどうすんの? そういうのは本当の彼氏に出すもんだろ」

「……いいのだ! 悠真くんになら本気を出しても全然いいのだ~!」

「何が?」

「ふふふ……お姉さん、本気になるとすごいんだよ?」


 桃未の言う本気とは、おそらく彼氏にすることという意味だとは思う。しかし彼氏というか恋愛にどこまで本気になれるのか、それは未だにつかめない。


「いつか見せてもらおうかな。桃未の本気とやらを!」

「ほっ、ほぅ……? いいんだね? あたしの本気を見せちゃっても! あたしからは逃れられなくなるんだよ? じゃなくて離れられなくなっちゃうかもよ?」


 何でそこで威張れるんだ?


 大きな胸を張られるとそれはそれで俺が困る。


「期待しないで待っとくよ」


 俺がそう言うと、桃未はグイっと腕を絡めてじっと俺を見つめてきた。まるで物欲しそうな目で見つめているが。


「……何もあげるものはないけど?」

「もらおうと思ってたんだけど、今すぐは無理だなぁって思っちゃいましたであります!」

「意味が分からん」

「あたしも何言ってるか分からなくなっちゃったよ~!」


 ――相変わらずだなと思いつつ、間近な桃未から感じる甘い香りでうっかり惚れそうになりそうだった。


 これがウワサの一目惚れというやつか?


「と、とにかく、隣の部屋に戻って大丈夫だから戻ってくれ」

「そうしよう! そうじゃないと悠真くん、危ない目をしてたもんね~!」

「……絶対、違う!!」

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