第4話 桃未さん、スキルアップする

「……ねむ」


 秋の文化祭前、模試やら何やらで大変になっている教室風景。


 授業を受けて昼を過ごし、気づけば放課後。そんな悠長な時間を過ごしている奴は俺以外ももちろんいたりする。


 そのうちの一人が――。


「気楽そうでいいな、悠真」

「確定じゃないけど気は楽だぞ。越後は就職するんだっけか?」

「まぁな。初めはバイトスタートだけどな」


 腐れ縁の友だちの中で受験に神経を使わなくていい奴は越後ともう一人くらいで、他はみんな頑張っている。


 越後とは同じクラスなこともあって、暇さえあれば話をしているといったところ。


 それはいいとして。


 俺が眠い理由の一つには桃未という明確な原因があるものの、間違っても越後なんかには言いたくないし言えないのが現状だ。


「やることなさそうなのに何でそんな眠そうなんだ?」

「ん~まぁ……」

「面接対策……んなわけないか。それか、彼女の長電話が寝かせてくれないとか? あれ、そういや聖里花せりかにフラれたんだっけ?」


 全く嫌なことを思い出させてくれる。何でいま元カノの名前が出てくるんだか。


「何故急にそんな話が?」

聖菜せなさんにこの前出会って聞いた。お前に別の年上女の影があるとか何とか」


 聖菜さんとは何て厄介な。聖菜さんは聖里花の姉になるわけだが、かなりのくせ者なのでなるべく遭遇したくない女性の一人だ。


「お前も知ってるかもだけど、俺にそんな彼女なんて初めからいなかった。何も無かった……そういうことだ」

「そういうことにしといてやるよ。じゃあ今は?」

「今は可愛い子の相手で忙しい……」

「あぁ、犬か猫を飼ってるんだったか」


 桃未は猫……だろうか?

 何故か時々語尾に「かにゃ」と付ける時があるから猫の方でいいや。


「猫の方だ。多分」

「いや、見たら分かるだろ。まぁいいけど今日の予定は?」


 今日の予定――つまり放課後。


 俺の放課後なんてほぼ桃未の為にあるようなものになりつつあるんだが、こいつには言えない。


「放課後は……相手次第だ」

「何だ、また別の女か?」

「まぁな」


 桃未の気分次第なところがあるし何とも言えないだろうな。


「じゃあ、桃未さんの今日の予定は?」

「知らん」


 越後の奴は俺に聞けば桃未の動向を掴めると思っている。しかしそこまで面倒は見れないし教える義務なんて無いので、そこははっきり言っておかねばならない。


 ――ということがありつつ。


 放課後になり駅前レゾーナに行くと、誰もが注目する笑顔を振りまいた状態で、ぶんぶんと手を振っている奴の姿があった。


『悠真くぅーん!! ここなんだぜ! ここにいるんだぜ~!!』


 すっごい目立つのにさらに大声で呼ぶのは本当に勘弁して欲しい。


「俺にとって放課後は貴重な昼寝時間なんだけど、今日は何を?」

「悠真くんさぁ、ダンジョンに興味あるぅ?」

「ここは現実的な世界であって、異世界じゃないんだけど知ってた?」

「むっふっふ! 桃未は見つけたんだよ! ダンジョンを! そこに今から悠真くんと一緒に行ってスキルを手に入れるのさ」


 不思議ちゃんだけかと思ったら妄想系も加わったのか。


 桃未は誰もが目をひく美少女ではあるし俺もそう思っているが、さすがに妄想系はちょっとな。


「よぉし、行くぜ~!」


 ――で、駅前通りのガード下に連れて来られたかと思えば――。


「『喫茶ダンジョン入口』? ダンジョンってカフェの名前?」

「そうだよん! 何だと思ったの?」

「…………特には」


 妄想系じゃなくて良かったけど、よくもまぁこんな店を見つけるものだな。


「ははぁん? 悠真くん、ゲーム好きだもんねぇ。分かる、分かるよっ!」

「違いますよ?」


 ……ん?

 そういや、スキルがどうとか言ってたが、それは何なんだ?


「――で、静かなダンジョンという名のカフェで何を手に入れるって?」

「悠真くん。お姉さんの得意なものって何かね?」

「お気楽なところ」

「ちっがぁう! 正解は、すぐ眠れるところでしたぁ!」


 それは得意なことに入るんだろうか。


「それでねそれでね、ここで手に入るスキルはね、苦すぎるコーヒーを飲むと眠れなくなることなんだよ~! すごくない?」


 そりゃあそうだろう。桃未は今まで紅茶ばかり飲んできたんだからな。そんな睡眠の免疫が無い状態でコーヒーを飲むようになれば、眠れなくなるのは必然。


「スゴイデスネ」

「だから悠真くんもお姉さんに付き合って寝れなくなるスキルを手に入れるのだ~!」


 俺は苦いコーヒーを飲んでもぐっすり寝れるけどな。


「そういうわけなので、これから毎日ダンジョンでコーヒーを飲むのだ~」

「桃未のおごりで?」

「お姉さんにお任せあれ! その代わり、一緒にスキルを手に入れるんだぜ?」

「ソウデスネ」

「それじゃ、注文しよ~」


 ダンジョンという名のカフェで桃未と一緒にコーヒーを飲む。悪くないな。ここなら穴場的な要素もあるから桃未がナンパされる心配も無いし。


 静かな店内に店員も渋い男性で落ち着けそうだから、むしろ眠ってしまうかもしれないな。


「こらこら、眠っちゃ駄目だぞ? 悠真くんが起きてないとスキルアップ出来ないんだからね?」

「あ~……う~ん……眠い」


 むしろこんな静かな環境でコーヒーを飲んだ俺が眠くなったんだけど。


「あれ~? 悠真くんが寝そうになるってことはまさか、すでに極めし者!? お、おのれ~……どうしよう、ちっとも眠くならないよ~」

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