第14話 「彩の国」と「アークの国」

「いたしません。ぼくの父——いえ、彩の国の王は争いごとが嫌いです。これまで、私の国の王がそれぞれの国にある文化を尊重してきたように、彩の国とアークの国の考えを混ぜ合わせながら、お互いにとって良い色にしていってくれるはずです」


 エシャは二人がどう反応するのか、緊張した面持ちで見つめる。

 精一杯気持ちを込めて言ったが、上手く伝わっただろうか。

 すると、シラムのほうが先に表情がくずれた。心の底からほっとした、というような顔である。


「そう言ってもらえるのはありがたい」

「ええ」


 サリーは微笑ほほえんでうなずいたあとに、こんなことを聞いた。


「ねえ、エシャ。私たちは人だから、時には意見が食い違うこともあると思うの。そのときはどうする?」


 その問いに、エシャは迷いなく答えた。


「それは国の中でも同じことです。例えばですけど、ぼくの国は、色んな色があふれていますが、全部の色が好きな人って実はそんなに多くないんですよ」

「そうなの?」


 意外な答えにサリーは目を丸くし、シラムは目をしばたかせた。


「はい。でも、ぼくの母が言ってました。例えば、ぼくが苦手な色でも、相手がその色を愛していたら好きになれることもあるって。もしかすると、その人が身に着けているときだけ、すてきな色に見えることもあるとも言っていました。ぼくらは、それぞれ好きな色を持っていて、それを主張していいんです。でも、近づいたり、離れたりすることも自由。あの色と混ざりたいなと思ったら混ざっていいし、混ざりたくないなと思ったら距離を置いていい。ぼくはそれでいいと思っています。——つまり、人と意見が食い違うことは当たり前で、時には議論をしなくてはいけないこともあるけれども、それぞれ両立できるときはそれを尊重しましょう……ということです」


 シラムはそれを聞いてしみじみとうなずくと、「分かった」と言ってエシャの手を取って握る。そこにサリーが手を重ねて言った。


「エシャ……、いえ、彩の国の王子よ。今夜アークの長に私たちの意見を述べます。あなたは明日、その結果を聞いてください」


 エシャはその瞬間、背中にぞくぞくするような震えを感じた。上手くは言えないが、サリーとシラムに自分の思いが伝わったことに安堵あんどしたからかもしれない。


 そして、エシャがそう思っているときに、自分の後ろでルーンがずびっと鼻をすするのが聞こえた。ちらっと後ろを振り向くと、感極まって涙しているルーンの姿がある。

 エシャはそれを見てふっと笑うと、サリーとシラムに対し真摯しんしに答えた。


「分かりました。サリー王女、シラム王子。本日まで、この国のことについて教えてくださり、ありがとうございました」


 こうして、エシャの「資質」を問う日々は、期限の半日前を持って終了した。

 結果は明日、言い渡される。


     ☆


 次の日のお昼前。

 エシャは、アークの国の族長と最初に会った広間に案内され、そのときと同じようにマイーヤを見上げていた。


 彼女はこの日も白い服を身にまとっていたが、さらに長い杖を手にしている。それは半分から下が黒色、上が白色に輝き、より一層マイーヤの威厳を引き立てていた。


「彩の国の王子、エシャ殿。わが国で過ごし、いかがであったか」


 りんとしたマイーヤの声が響く。

 エシャはしっかりとした声で答えた。


「はい。私の国とは、また違う文化があり興味深かったです。図書館に連れて行っていただいたのですが、とてもすばらしい場所で見習いたく思いました。それ以外に、畑での仕事や鉱山でのお仕事を見せていただきましたし、この国の衣服のお店にも連れて行ってもらいました。また、リージュアという食べ物もおいしく、帰る前にも是非食べたいくらいです」

「ふむ、アークの国を十分満喫まんきつしたようでなによりである」

「こちらこそ、アークの国を知る機会をくださり、心より御礼申し上げます」


 エシャはそう言うと、床に右膝をつき、両手を組んで頭上に上げる礼を取った。


「うむ。表を上げよ」


 マイーヤの許しを得るとエシャは姿勢を元に戻し、彼女に視線を向ける。


「では、エシャ殿。『黒い色の筆記液』についての回答をそなたにせねばならぬな」

「はい」


 エシャはドキドキしながら返答を待つ。

 サリーとシラムとのやり取りは大丈夫だったはずである。きっとうなずいてくれるに違いない――そう思っていると、マイーヤがこう言った。


「答えは、『いいえ』である」

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