第11話 赤茶色をした乾いた大地

「その通りでございます」


 そしてラドは、申し訳なさそうにエシャに言った。


「少し余計な話をしてしまいましたね」


 エシャは首を横に振る。


「いいえ。貴重な話をありがとうございました」


 そして小さく頭を下げると、ラドはそれに応えるように、出来うる限り深く頭を下げた。そして二人がゆっくり姿勢を戻すと、軽く視線を交わす。エシャは彼の黒い瞳が、柔らかな優しさに満ちているのを見て、異国の地にいながら、情に深い父のことをふと思い出すのだった。


 一方のラドは、次にサリーたちのほうに体を向け、ゆるりと笑う。


「サリーさまとシラムさまにも、失礼いたしました」

「いいのよ。私に答えられなかったことを答えてもらえて助かったわ」


 サリーはそう言ってからっと笑うが、一方のシラムはあまり表情を変えなかった。その代わりラドから視線を外し「別に、気にしていない」とぽつりと言う。

 ラドはその様子を、わずかな間だけ、なんとも言えない面持おももちで見ていたが、それを引っ込めると「またどこかを案内されるんですか?」とサリーに尋ねた。


「もちろん、あちこち行きますよ」

「そうですか」


 ラドはうなずくと、エシャのほうを見て「では、楽しんで」と言うと、来たときと同じようにすっといなくなってしまったのだった。


「なんだか不思議な雰囲気をまとった方でしたね」


 エシャがそう言うと、サリーは「生き字引みたいな人よ。色んなことを知っていて、私たちに教えてくれるの。シラムは、少し苦手みたいだけど」と、シラムをチラと見て言った。


 すると彼は少し、居心地悪そうに否定する。


「別に……そんなことはない」

「……?」


 エシャがシラムの様子を見ていると、彼はふいっと視線をそらした。


「俺のことやラドのことはいいから、次に行ったほうがいいんじゃないの?」

「まあ、それもそうね。じゃあ、次へ行こうか」


 サリーがそう言うので、エシャは彼女に続いて図書館を出たが、やはりどこかシラムの様子が気になる。しかしこの日を初め、二日、三日と続いてもシラムの陰のある表情の理由は分からなかった。


 ようやく分かったのは、出会ってから五日目のことである。


 その日、サリーたちは早朝からエシャやルーンと共に輿こしに乗り、宮殿から離れた地へ向かっていた。


 どこへ行くのか聞くと、「アークの国の西の果て」に行くと言う。どういうところかも尋ねてみたが、「それは見ると分かるよ」と言って、サリーは明るい笑みの中に、どこか暗いものをひそませているので、目的の場所まであまり会話がなかった。


「さあ、着いたわよ」


 サリーに言われてエシャとルーンが降り立った場所は、青い空に風が強いのが印象的だったが、それ以上に大地の状況がひどかった。それはあまりに殺風景な場所だったからである。

 どこまでも、赤茶色をした乾いた大地がそこにあって、無数の穴が掘られていた。


「ここは……?」


 エシャが尋ねると、サリーはその大地をじっと見つめて言った。


「戦地になった場所よ。元々は、大地に眠っている鉱物資源を取り出していたところだったんだけどね」

「戦地……?」


 エシャが眉を寄せると、サリーはうなずいた。


「私たちの国は、ほんの十年前まで戦いをしていたの」


 アークの国が他国と戦争をしていることは、エシャも王やルーンから聞いて知っている。しかし、詳しい理由は知らなかった。


「どうして戦争を……?」


 勇気をもって尋ねると、サリーは自分の左腕を右手でさすり、苦笑を浮かべる。


「戦争の原因は、私たちの肌の色と歴史。他の国から見ると、白い肌と黒髪ビバリア黒い肌と白髪リバビアが一緒にいるのは、おかしいみたいなのよ」


「おかしい……?」

「エシャはそう思わない?」


 そう尋ねられ、エシャは首をふるふると横に振った。


「最初に皆さんを見たときは、初めて見た肌の色でしたので驚きましたが、『おかしい』とは思いません。ルーンもそうだよね?」


 エシャはそう言って、後ろに控えているルーンを振り返る。

 すると彼もこくりとうなずいた。


「王子さまのおっしゃる通りです。私たちの国には、サリーさまやシラムさまのような肌の方はいらっしゃらないので、見たときは驚きましたが、彩の国にはさまざまな色の人たちがいます。ですから、『おかしい』とは思いません」


 すると、サリーは少しほっとしたように「そうだったわね……」とつぶいた。


「あの……どうして、他の国が『おかしい』と思う理由をお聞きしてもよいでしょうか?」


 エシャが尋ねると、この日まで寡黙かもくでいたシラムが重い口を開いた。


「彩の国には、白い肌と黒髪ビバリアはいないと、エシャは言ったね?」

「はい」

「だが、君の国以外の草原にある周辺諸国には、白い肌と黒髪ビバリアと同じような人たちが住んでいる」

「そうなんですか……?」


 エシャは不思議に思った。


 もし、白い肌と黒髪ビバリアと同じような肌と髪色をしている人がいるのなら、彩の国に、その国の使者やら商人やらが来たときに、知るはずである。それなのに、見たことがないというのは、彩の国には来られない何かがあるということだろう。


 すると、シラムは重苦しそうにこう言った。


「彼らは、別の色の肌の者たちにしいたげられているんだ」

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