第9話 図書館

「おいしい……!」


 エシャがそう言うと、サリーはにこにこと笑った。


「でしょう! アークの国の人たちは、皆、おやつにリージュアを食べるのよ」

「そうなんだ。——ねえ、ルーンも食べてみたら? おいしいよ?」


 エシャが後ろを振り返り、ルーンに言うと、彼は一瞬引きつった顔をする。

 きっとエシャと同じように「苦い」という感覚があるからだろう。

 だが、主人に「とってもおいしいよ」とうながされると、ルーンは意を決し、恐る恐るサリーが持っている筒状の紙から黒い塊を手に取る。


 そして、エシャと同じように口に入れ、何度か噛んでいるうちに、表情がゆるんでいった。


「おいしいです……」


 目をぱっちり開けて驚くルーンに、エシャは笑った。


「ね! 彩の国にはないお菓子だよね」


 ルーンはこくこくとうなずく。


「はい……! 黒い食べ物がこんなにおいしいなんて初めてです」

「おいしかったならよかった」


 サリーはにこっと笑うと、「じゃあ、今度はあっちだ!」と言って歩き出す。

 エシャは、ぐんぐん進んで行ってしまうサリーの後ろをついて行きながら、隣で静かにしているシラムに声をかけた。


「シラムさん、どうかしましたか?」


 するとシラムは小さく首を横に振る。


「いや……。無理していないかなと思っただけだよ」

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

「そうか……。それならよかった」


 シラムは心底ほっとした表情を浮かべたが、すぐに神妙な面持ちになる。


 エシャは彼の様子が気になったが、先に行ってしまうサリーも放っておけない。彼は二人の様子を交互に見ながら、街の中へ入っていくのだった。


「今度はここよ!」


 サリーがそう言って立ち止まった場所は、宮殿同様、立派な建物の前である。


「わあ……大きい」


 エシャはって、大理石でできた建物を見上げた。

 白くて丸い屋根と青い空の対比が美しい。


「さあ、入って」


 サリーに言われて中に入っていくと、とても広い空間になっていた。南側は明り取りのために大きな窓が設けられ、外には中庭が見える。

 反対側にある北側を見ると、壁一面に書物がぎっしりとまっていた。


「すごい! 本ですね!」

「ふふふっ、アークの国自慢の図書館よ」


 サリーは得意げに言う。だが、声が抑え気味だったのは、中央に置いてある複数の大きな机の前に、椅子に座って本を読んでいる人たちに気を使ったからだろう。

 エシャもそれに気づいて、声をひそめた。


「本を開いてみてもいいですか?」


 エシャが尋ねると、サリーが「ええ」とうなずいてくれる。エシャは嬉しくなって、近くの本棚の前に立つと、白い背表紙の中に、よれてはいるがひときわ目立つ赤い背表紙を見つけ、それを引っ張って出してみた。


「『植物学』? あれ……これ、どこかで見たことあるような……」

「あ、それはね。色んな国を通って、アークの国にやってきたいろどりの国の本だよ」

「どおりでみたことがあると思った」


 エシャが苦笑すると、サリーも笑う。


「白い背表紙ばかりだから、色のある本って目立つのよね。だから、ここに来た人たちが皆触っていくみたい」

「それで、こんなによれているんですね」

「あ、もちろん、内容も面白いっていうのもあると思うわよ」


 サリーが慌てて補足するので、エシャは本を棚に戻しながらくすりと笑った。


「ありがとうございます」

「私たちの国の本はこれ」


 そう言って、彼女は適当に白い背表紙の本を出してくれる。『鉱物学』と書かれた本を開いてみると、黒い色の筆記液で内容が書かれていた。


「やっぱり、アークの国の筆記液は読みやすいですね」

「そう?」

「はい。これはどれくらい前に書かれたものですか?」

「これは、比較的新しいわ。数年前といったところかしら」

「そうなんですね。あの……古いものもお見せいただけますか?」

「いいわよ」


 そう言って、サリーが奥の棚から持ってきてくれたのは、黄ばんだ本だった。


「これは百年くらい前に作られた本よ」

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