第8話 「ビバリア」と「リバビア」

「まずは、他の国から来た者たちが、必ず聞くことを教えよう。俺たちの肌と髪のことだ」

「はい」


 エシャはしっかりとうなずいた。

 アークの国へ来たときに、エシャも少し驚いたことでもある。


 普通、地続きの国だと、隣国の血が混ざることは少なくない。


 しかしアークの国の者は、いろどりの国では見たことがない色の肌であるし、エシャの国に来るアークの国以外の使者の中にも見たことがなかった。


 この国を出る必要がなかったというのもあるだろうし、民の結びつきが強いというのもあるのだろう。


 そう思う一方で、他国から「気難しい民」と噂されるくらいである。そして、「他の国が必ず聞くという肌の色の話」。

 もしかすると、彼らのような肌の色と髪の色が他の国にいないことには、何かしらの意味があるのではないかと思いながら、エシャはシラムの話を聞き始めた。


「俺たちは、肌の色が違ってもアークの国の者だ。だけど、はるか昔、黒い肌と白髪の者の祖先と、白い肌と黒髪の祖先が出会ったことは今でも言い伝えられていて、白い肌と黒髪ビバリア黒い肌と白髪リバビアという名前が残っている」

「ビバリビアとリバビア?」


 エシャが繰り返すと、シラムは「そうだ」と言った。


「ビバリア、リバビアは、元々『ビバリビア』といういにしえの言葉からとったもので、意味は『大切な友』と言う」


 そう言われるとエシャにも分かる。

 アークの国の言葉も、彩の国の言葉も、同じ草原の地で話されるラシュアル語だかだ。


「なるほど」

「そこから言葉が分かれ、ビバリア、リバビアになった。今は大切な家族として、この国を共に支えている」

「そうなんですね」

「エシャの国には、ビバリアもリバビアもいないだろう?」


 シラムの問いに、エシャはうなずいた。


「そうですね」

「周辺国をみると、肌の色が二色なのは珍しいらしい。彩の国も、エシャ以外の肌の色はいないだろう?」


 シラムが確認するように尋ねたので、エシャは首を横に振った。


「いいえ。ぼくの国には、ぼくのような肌の色の人や、褐色かっしょくの肌の人などがいますよ」


 するとシラムは少し目を見開いたあと、「そうか……。勝手に決めつけてすまなかった」と小さな声で謝った。


「いいえ……」


 エシャは、シラムのわずかな変化から、この話の中に何かあるような気がした。だが、話したばかりで、聞いていいものか分からない。


 そのためエシャ、「気になった」ということだけを心に秘めておくことにした。


「あの……、アークの国は色んなものが白と黒ですね」


 しんみりとした雰囲気になってしまったので、エシャは声を明るくして、少し別のほうに話を向けた。

 すると、前を向いていたサリーが振り返って、「そうだよ!」と快活に笑う。


「もちろん、全てじゃないけどね。でも、私たちは白と黒の色が好きだから、そういうものが多い。ほら、見て!」


 サリーに言われて前方を見ると、青い空の下に、真っ白い大理石でできた建物が、優しい黒色の道の両側に建ち並んでいた。


 さらに建物の前には、白い天幕のお店がずらりと並ぶ。中をのぞくと、商品をせている机が、きれいな黒色をしていて、色とりどりの商品をよく見せていた。


「わぁ! すごいなぁ!」


 エシャは心からそう思った。

 彩の国はない美しい黒が、この国では当たり前のように生活の中に馴染んでいる。


「ここでは、城下に住む人や、地方から来た人たちが買い物するのよ」


 サリーの説明を聞いて、エシャは通りに入っていくと、きょろきょろと辺りを見渡した。淡い赤や、柔らかな黄色などもちらほらと見られたが、白と黒の服を着た人が圧倒的に多い。


 また、耳をすませると、沢山の人たちが行き来し、楽しそうな話し声が建物に反響して、「野菜を買ったよ」「それ安くしてくれない?」「これ、お買い得だよ」というような内容もちらほらと聞こえてくる。


 アークの国の言葉は、彩の国と同じく草原の国々が使うラシュアル語だが、抑揚ようようが少し違うらしい。エシャはそれを見つけて、面白いなと思った。


「はい、どうぞ!」

「わっ!」


 エシャが周りの景色やら人やらに気を取られているときに、サリーが声をかけてきたので、びっくりしてしまう。


「ごめん、驚かせた?」


 謝るサリーに「大丈夫だよ」と言い、後ろでハラハラしているルーンにも目配せすると、改めて彼女が手に持っている白い紙を筒状にしたものを見た。

 下のほうは折って中身が落ちないようになっているようで、中をのぞくと、黒くて丸いものが入っている。


「これは?」

「リージュアっていうの。ここに来たら絶対食べてもらいたいものよ」


 きらきらとした目で言うサリーだが、エシャは黒くて食べられるものを見たことがなかった。食べ物で黒いものといえば、決まって「げたもの」。そしてそれは総じて苦い。


「……どんな味?」


 エシャはすぐに手が出せず、サリーに尋ねた。すると彼女は目の前の天幕にいた、ビバリア(白い肌に黒髪)の女性を見て「甘くて、香ばしいよね」と言った。その女性が手に持っている筒状の白い紙を見る限り、彼女がこれを作った店の人のようである。


 すると、女性は「その通りです! アークの国の人たちは、皆んな大好きですよ」と言って笑う。


「そ、そうなんですね……」


 エシャは、この国の人たちが好きなものを、偏見で食べないわけにはいかないと思い、そろそろと手を伸ばして、サリーが手にしている紙の筒から、黒いかたまりを一つ取った。


「王子さま……」


 後ろでルーンが情けない声を出している。エシャは、それを聞いて「自分からこの国に行きたいと言って、ルーンたちを巻き込んだのだから、自分の力で何とかしないといけない。そして、努力してこの国の人たちの信頼を得るのだ」と言い聞かせた。


 エシャは、じっと黒い塊を見、ごくりと生唾なまつばを飲み込むと、意を決して口に放り込む。


 さぞや苦いことだろうと、思わずぎゅっと目をつむったが、んで塊がほろほろに崩れていくにつれて、木ノ実のような味に火であぶった香ばしさを感じる。それに加え、どこか木蜜きみつ(木からとった蜜のこと)のほんのりとした甘さが、口の中に優しく広がった。


「あれ……」


 つまり、予想と反しとてもおいしかったのである。

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