第6話 マイーヤがエシャに問うもの

「資質、ですか……?」


 小首をかしげ、言葉を繰り返したエシャに、マイーヤはうなずいた。


「そうです」

「失礼ながら……、それはどういうものなのでしょうか?」


「資質」といっても、「どんな資質」を問われているのか分からず、エシャは思い切って尋ねた。だが、マイーヤはゆっくりと首を横に振る。


「それはお教えすることはできません」

「何故ですか?」

「私たちはまだ、エシャ殿のことを良く知りません。よって、嘘をつかれないようにするために、そしてそなたのことを偏見へんけんなく見るために、申し上げることができないのです。その代わり、私とエシャ殿同士では対等ではないでしょうから、そなたの資質を判断するのはサリーとシラムにたくそうと思います。期限はこれより七日後、日が天の一番高いところに上ったときとします。いかがでしょうか?」


 エシャはしっかりとマイーヤの黒い瞳を見つめた。彼女はアークの国の長として、いろどりの国に機会を与えてくれている。それはある意味で、こちらに寄り添おうとしてくれている証拠しょうこだろう。


 エシャは再び片膝をつき、今度は胸に手を当てる礼をした。これはアークの国にとって、地位の高い者の言葉に対してうけたまわるという意を示す。


つつしんでお受けいたします」


 マイーヤは、エシャの迷いない礼を見届けたあと、階段の下でひかえていた自分の子どもたちに声を掛けた。


「サリー、シラム」


 呼ばれたサリーとシラムはそれぞれ一歩前に出て、「はい」と短く返事をする。


「彩の国の王子と、七日間を過ごしてみよ。わが国のことを示しつつ、彼を通し、彩の国に『黒い色の筆記液』を渡すに値するか、そなたたちがよく考えるのだ」


 長の言葉に対して「かしこまりました」とサリーが応え、「御意」とシラムが応えた。マイーヤは満足そうにうなずくと、再びエシャに視線を戻す。


「では、エシャ殿。あとのことは私の子たちに任せます。不自由はさせませんので、何が分からないことがありましたら、何なりと周りのものに申し付けください」

「お心遣い、ありがとうございます」

「うむ。——では、皆の者、今日もよく働き、民を助けよ」


 マイーヤがりんとした声で言い放つと、サリーとシラムはもちろん、族長である彼女を支え、この国を動かしている十数人はいるであろう者たちが、エシャがしたのと同じ礼をする。するとこの場所には、おごそかであり、神聖なる雰囲気が広がった。


 エシャはそれを感じながら、マイーヤはこの国の人々を導く者として信頼されているのだなと思うのだった。


     ☆


 エシャは謁見えっけんが終わったあと、宮殿の中にある客室に案内される。

 壁も天井も白い大理石でつくられた部屋には、すでにルーンがいて、輿こしに載せていた荷物などを運び入れてくれていた。


「ルーン、ありがとう。大変だったんじゃない?」

「いいえ。それにこれは、私の仕事ですのでお気になさらず」


 ルーンはそう言って、強張こわばっていた表情をほころばせる。

 気難しい民と言われているアークの国にいるため、緊張していたのだろう。


「それにしても、ぼくの荷物、とっても目立つね」


 ルーンの気持ちをもう少しほぐそうという思いもあって、エシャは色の話題を振った。

 アークの国は彩の国と比べると、白と黒の割合が多い国である。

 そのため、エシャにあてがわれた部屋も白と黒が多く、ルーンが輿こしから持ってきた色とりどりの荷物がとても目立った。


「お荷物もそうですが、王子さまが身につけられている服も目立ちますよ」


 エシャは、中から外に向かって白、黄色、黄緑の色の衣服を重ねて着ている。そのため、サリーたちの中にいると浮いた感じになっていたらしい。


「そう言ったらルーンだって同じだよ」


 エシャはくすっと笑う。ルーンも、薄い色で統一してあるが、橙色だいだいいろの羽織は中々に目立つ。


「控えめにしてきたつもりなのですが……」

「仕方ないさ。ぼくらは彩の国で生まれ、育ってきたんだもの。色がぼくらの気持ちや、好きなものを示すんだから、堂々としていたらいいんだよ」

「……そうですよね」

「そうだよ」


 エシャはうなずくと、革のかばんから白い帽子を取り出して被った。それを見たルーンは、すかさず主人に尋ねる。


「王子さま、どこかへ行かれるのですか?」

「うん。実は今から、アークの国の王女さまと王子さまと、街を散策しに行くことになっているんだ」

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