第5話 白と黒

 エシャが案内された場所は、立派な宮殿だった。


 白い石で組み立てられているところは、彩の国と同じだが、天井が丸くなっているのはエシャの国にはない。また、街の建物も全て白い石で統一されている。彩の国が色んな色の石で建物が建てられているのを考えると、一つの色しかないのは不思議な心地がした。


 宮殿の中は輿こしで行くわけには行かないので、大きな中庭に入ったところで降りると、大人たちが見守る中、サリーとシラムがエシャを案内してくれる。

 ルーンはおさに面会できないとのことで、エシャ一人で行くことをひどく心配したが、何とか説き伏せ、輿のところで待ってもらうことになった。


 そして、透明なガラスからまばゆい光の指す場所に辿たどり着くと、おごそかな雰囲気のある階段の上に、黒い肌でつややかな白い髪をした女性が、すその長い白い服に身を包み、りんとした態度で座っていた。


「初めまして、異国の王の子よ。私がアークの国の族長、マイーヤです」


 エシャは威厳に満ちた彼女の様子に圧倒されながらも、白と黒の大理石によって幾何学模様きかがくもようが描かれた床に右膝をつき、両手を組んで頭上に上げる礼を取った。


「お初にお目にかかります、彩の国の第一王子、エシャと申します」


 マイーヤは「お直りなさい」と言って、エシャを立たせると、じっとその瞳を見下ろし、次のようなことを聞いた。


「単刀直入に聞きます。そなたは、わが国にどのような理由があってまいったのでしょう。ただ見識を広めたいという理由で来たわけではいと思います」


 すると一瞬にして場の空気が凍り付いたようになる。

 しかしエシャは、マイーヤの黒い瞳を静かに見つめ返しながら、思っていることを素直に口にした。


「アークの長殿おさどの。おっしゃるとおり、私はただ単純に見識を広めたいというだけで、こちらにまいったわけではございません」


 エシャの言葉に周囲がざわつく。

 アークの国の族長を支え、この国を動かす大臣たちが驚いているのだろう。

 エシャは彼らの反応は当然だと思っていたので、その声に耳を傾けていたが、すぐにマイーヤが「皆の者、静粛せいしゅくに」と注意をした。


「失礼いしました。話を続けてください」


 マイーヤの統率力に、エシャは恐れおののきながらも、気を引き締めて一つひとつの言葉を発した。


「はい。私の国では、さまざまな色を有しています。そして色の研究もしています」

「風の便りで聞いたことがあります。そなたの国は、色に満ち溢れていて美しいと。しかし、それにもかかわらず、白と黒を尊重するわが国にきたのには、どんな理由があってのことでしょうか」

「はい。恐れながら申し上げます。彩の国では、アークの国にあるとされる、美しい黒色の筆記液の流通をお願いしたく思います」


 するとマイーヤはあごに手をあて、少し考える仕草をしてからこういった。


「……黒い筆記液、ですか。何故、それがわが国にあると知っているのでしょうか?」

「私の国と交易をしている、ほかの国の使者たちから聞きました」


 マイーヤは目を細め、「……なるほど」と答えた。


「ですが、なかなか売っていただけないとも聞いております」


 エシャの言葉に、マイーヤはふっと笑う。


「そなたの言うとおりです。わが国では、確かに黒い筆記液を持っています。美しく、長い時を経ても残り続けるという、大変優れたものです。しかし、それゆえに、簡単に他国に売るわけにはいきません」

「恐れながら、その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 エシャの質問に、マイーヤはさらに面白そうに笑った。


「アークの国のおさに直接聞くとは、彩の国の王子は怖いもの知らずのようですね。教えても良いのですが……そうですね、それではつまらない」

「……?」


 マイーヤの言っていることの意図が分からず、エシャが小首を傾げると、彼女はこんなことを言った。


「私がそなたの出迎えに、娘と息子を向かわせたのは、次代のことを思ってのこと。もしそなたが、未来のわが国と共に手を取り合って生きて行ける資質をもっているのであれば、黒い筆記液をそなたの国で売りましょう」

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