第4話 アークの国

 その日、エシャは傍仕えのルーンと共に、馬が引く輿こしに揺られながら、アークの国へ向かっていた。

 今はちょうど春の時季。そのため、平原は瑞々みずみずしい草花で生いしげっている。


「わー! きれいだねぇ!」


 エシャが輿こしの窓を開けて外を見ると、大きな青い空と、どこまでも広い大地が広がっていた。城の高い塔に上ればこの景色を見ることもできるが、近くで見るのはまた違ったおもむきがある。


「緑のいい香りがするね」


 すうっと鼻から息を吸って香りを楽しむエシャに、ルーンは「王子さま、この度は、どうしてアークの国へおもむきたいと王さまにお願いされたのですか?」とおずおずと尋ねた。


 ルーンは痩躯そうくで気の弱そうな男だが、エシャが小さいころから面倒を見ている。

 ゆえにエシャが、賢く、優しい、次代の王としてふさわしい王子であることは、傍で見ている彼が一番分かっていた。


 そのため、彩の国の将来を考えたら、わざわざ王子自らが、危険な地に足を踏み入れなくてもいいだろうと思っていたのだ。


 するとエシャは、ルーンの問いに、あっけらかんと「皆が助かると思って」と言った。

 ルーンは複雑な表情を浮かべながら、「そうかもしれませんが……」と言って言葉を続けた。


「交渉次第では、争いを起こす国でもあるのですよ。王子さまがお訪ねになったとしても、何か変わるとは……正直思えません」

「ぼくも特に変わるとは思っていないよ」


 さらりと言ってのけるエシャに、ルーンは自分の耳を疑い、思わず「えっ?」という声をらす。

 それを聞いていたエシャだが、特に気にする様子もなく、草原から吹いてくる風のごとく自分の気持ちをさらりと言った。


「でも、行ってみないと分からないじゃないか。それにぼく、きれいな黒っていうのがあるなら見てみたいんだ。アークの国には、彩の国であるぼくらの国にはないものをもっているんだよ。すごいと思わない?」


 ルーンは何と言っていいか分からず、困ったような表情を浮かべていると、エシャは彼のほうを向いて無邪気に笑った。


「それに、先に出した書簡で『来ていい』って言っているんだから、大丈夫だよ」


 エシャはそう言って笑うが、ルーンは一抹いちまつの心配をぬぐえぬまま、五日間、エシャの輿の移動に寄り添うのだった。


「着きました」

「いよいよだね!」


 エシャの乗る輿こしがアークの地に入って止まった。外にいる付き添いの従者が、輿の扉を開けると、すでに国の入りにある立派な門には、人だかりができている。


「……」


 その様子を見ていると、肌が黒くて髪の白い人と、肌が白くて髪の黒い人がいるのが分かる。

 彩の国では見かけない色合いの肌なので、エシャは少し驚きつつも彼らの姿を見ていた。


「ようこそ、アークの国へ」

「歓迎しますよ、彩の国の王子さま」


 輿から降りたエシャにそう声を掛けたのは、エシャよりもいくつか年上の男女二人である。


「私は、アークの国の族長の子、サリーです。よろしくお願いします」


 そう言ったのは、黒い肌に白い長髪の女性のほうである。彼女は真っ白な飾り気のない衣服を身にまとっていた。


「同じく、アークの国の族長の子、シラムです。よろしく」


 こちらは白い肌に黒い短髪の少年である。彼は黒い上衣に下には真っ白いビライル(=ズボンのような形をしており、ゆったりとした服)を着ていた。


 エシャは二人に近づくと、手を差し出して挨拶をした。 


「はじめまして。私は彩の国の第一王子、エシャです。この度は訪問をお許しくださりありがとうございます。アークの国の方々と、有意義な時間を過ごせればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」


 するとサリーとシラムはそれぞれエシャの手を取り、ぎゅっと握手をした。

 サリーは指が細い感じがして、シラムは指が長い印象があるなとエシャは二人の手を握りながら思った。


「こちらこそよろしくお願いします。早速ですが、我が国の長の元へご案内します。少し遠いですから、輿にお乗りになってついてきてください」


 サリーはそういうとシラムと共に、アークの国の偉い者たちが使っているであろう輿に乗り込んだ。エシャはうなずくと、再び輿へ乗り、二人が乗る輿の後ろについていくのだった。

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