第3話 王子エシャ

「王さま」


 エシャは、背の小さな十四歳の少年で、肌の色は国王に似て黄と白の間の色、髪の色は国王の妃に似て、濃い土色をしている。


 そして瞳は茶色。そのまなざしは国で一番と言われるくらいに優しい光をたたえており、王はこの王子のことを、すでに一人の人として接している。


「どうしたんだい、エシャ?」


 王は悩ましい表情を隠す代わりに、柔らかそうな肉厚のほほを上げ、笑みを浮かべて聞いた。


 しかし、エシャは王が何で悩んでいたのか知っている。そのため、彼はにこっと笑い、堂々とした様子でこんなことを言った。


「王さま、また『文字の色』のことで悩んでおいでなのでしょう? それならば、私によい案があります」

「おお、エシャ。賢いそなたには、どんな案があるのだ。私に教えておくれ」


 王は、かわいい息子が、悩める親のために優しい言葉をかけてくれるのだろうと思い、期待せずに尋ねる。すると、エシャは次のように答えた。


「私がアークの国におもむいて、黒い色の筆記液ひっきえきを売っていただけないか交渉してまいります」


 王はびっくりして、金色の瞳を丸くする。


「そなたがアークの国へ?」


 エシャは使命感に満ちた瞳で、王を見つめ、うなずいた。


「はい」


 一方で、エシャの発言に面食めんくらった王は、心配事をいくつか口にした。


「しかし、あの国の交渉は難しいとうわさに聞く。下手をしてしまったら、戦争にもなりかねんぞ」


 エシャはしっかりとうなずく。


「分かっております。ですが、絶対にそんなことはさせません」

「口で言うのと、行動するのは違うのだぞ」


 王はさらに言葉を重ねた。だが、エシャは言われることが分かっていたかのように、冷静に返答する。


「重々承知しております。しかし、私もどうにかこの国のお役に立ちたいのです」

「気持ちは嬉しい。エシャがわが国のことを思っているのは、彩の国にとっても大切なことだ。だがな、エシャが実際に動くのは、もう少し先でもよいと思うのだ」


 王はどうにかして、エシャを思いとどまらせようと思っていた。

 

 十四歳といえば、色んな分別もつく。その上、エシャは王にとって息子であることを差し引いても、聡明そうめいで、懐の深い優しさを持っている子である。


 しかし、だからといって子どもが行って、上手く行くとは想像できなかった。


 もし上手くいかなかったら、エシャはきっとがっかりするだろうし、彩の国の平穏も揺るがされかねない事態にもなってくる。


 だが、エシャは強い眼差しで王に言った。


「いいえ、王さま。今から動かねば、私たちの国の書物が、失われる可能性があります。書物に書かれているものはわが国の財産でもあります。わが国の未来を考えるならば、動かなくてはならないでしょう」

「……そうだな……」


 エシャの言うことはもっともであることは、王も分かってる。

 しかし、王はこれまでの常識と経験から、動き出すことを躊躇ためらっていた。

 するとエシャは、次のように言いつのった。


「分かりました。それなら、見聞けんぶんを広めるという意味で、行かせていただけませんでしょうか? 私はまだ十四歳です。それならば、アークの国も聞き入れてくれるように思います」

「……うーん」

「王さま」


 王がエシャのほうを見ると、とても真剣な顔つきでこちらを見ていた。

 安全を考えて行動することはとても大事なことだが、それをしていては、確かにこの国の大切な財産が消えていってしまうのも事実である。


 王は思慮をめぐらすと、こくりとうなずいた。


「分かった。——ナタリよ」


 王が、青々とした低木に向かって声を掛けると、王の着ている紫よりも控えめな紫色の服をまとった、中年の男がそっと姿を現した。


「ここに」

「うむ。ナタリ、書簡を早馬でアークの国へ届けておくれ。『わが国の王子が、そなたの国に訪問させてほしいと申しておる』と書いてな」

おおせの通りに」


 ナタリは深々と頭を下げると、きびすひるがえし中庭から出てった。王はそれを見届けると、同じようにナタリの背を視線で追っていたエシャを見て声を掛ける。


「王子よ」


 王に呼ばれ、エシャは再び真剣な顔つきでこの国で一番偉い、自分の父親を見た。


「はい」

「その高きこころざし、受け取った。両国の橋渡しとなれるのか、やってみるがよい」


 エシャは、自分の心がびりびりと震えるのを感じ、深々と頭を下げる。


「ありがたき幸せ。この機会を、無駄にはいたしません」

「うむ」


 その日に出した早馬は、五日後に帰ってきた。

 書簡には「エシャ王子のご来訪を心よりお待ち申し上げる」と書いてある。

 王はそれを見て少し心配したが、一方の王子は意気揚々いきようようとアークの国へ向かうのだった。

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