第2話 王の悩み

 彩の国では、何かを書き記すとき、固筆かたふでに青い色の筆記液ひっきえきを染み込ませ、幹紙みきしという木の幹を使った紙に、文字を書く。


 筆記液の青い色というのは、ごわついた幹紙でも、文字がはっきりと見えるという利点があるが、その一方で、数年経つと日の光や摩擦まさつによって、色褪いろあせてしまうという問題を抱えていた。


 彩の国で使っている青色の筆記液の原料は、植物から取ったもの。

 色の研究者たちの話によると、植物から採った青色は日の光に弱いため、その色が消えてしまうということが分かっている。


 それならば必要なときにだけ、書物を出せばよいとも思った者もいるが、そう言っていると数年に一度しか見ることができなくなってしまう。


 日の光に当てるのが問題であるというならば、「暗闇の中で炎の光で見る」という考えが出されたこともあった。名案だと思い一度は試したのだが、火のついた蝋燭ろうそくが倒れ、ぼやが起きてしまったことがあり、二度とできそうにない。


 それではと、「青い石をすりつぶして筆記液にするのはどうか」という意見も出た。確かに石を元にした顔料のほうが、日の光による色褪いろあせは少ないと考えられている。

 しかし、青い石を見つけるのはそう容易なことではない。


 青い空を見ていると、この世界には沢山の青いものがあると思うが、意外にも青色そのものを備えた物質、とくに濃くてはっきりとした色のものは、中々大地の上には存在しないのだ。


 それならばと、自分たちで「黒色」を作るという手も考えられた。「黒色」は風の便たよりによると、色褪せが少ないと聞いていたからだ。


 幸い、彩の国には、沢山の色とりどりの色がある。

 特に、赤、青、黄色を混ぜ合わせると、限りなく黒に近い色になるので、それで代用してはどうかという意見もあった。


 だが、試しにやってみると、どうも気味の悪い色になってしまう。

 何となく、赤が強いような、青があるよう、緑っぽいような、黄色が見えるような……という感じで、王をはじめ、大臣たちや研究者たちが求めたような、夜のような美しい黒にはなってくれなかったのである。


 しかし、このまま「青色」の筆記液を使い続ければ、いつか書き直さなくてはならなくなってしまう。

 新たに書き起こすにしても、紙は貴重なものであるし、上から書き足していくにしても、薄くなった文字の検討が付かず、綴りを間違えてしまったら後々大変なことになりかねない。


 そのため、王の頭を悩ませていた。


「うーん」


 季節の白い花が咲く中庭で、王は椅子に座り、頭を抱え、うなっていた。

 普段はきらびやかな色を身にまとうが、このところ「文字の色」のことが頭から離れないせいで、悩んでいることを示すように、全体的に沈んだ紫色の服を身にまとっていた。


「アークの国に頼むことができたらなぁ……」


 王はため息をつきながら、小さく呟いた。アークの国とは、彩の国から草原をへだてた隣の国である。


 そこには、美しい黒い色を生み出す技術があるとの話なのだが、気難しい人たちとも聞く。それに、アークの国の意向をまなければ、戦いもはじめてしまうとも言われていた。


 彩の国の王は争いが大嫌いである。

 そのため、喧嘩けんかをしなくて済むような方法をずっと考えているのだが、アークの国が、どうして他国と戦うことになるのか、理由がわからないため名案が浮かばない。


 さてさて、どうしたものか。


 すると、王がいる中庭に、息子であり第一王子であるエシャが現れて、王に声をかけた。

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