創星記

染口

幾星霜の海原で

「おおっ、動いた!」


 起きて最初に聞こえたのは、そんな歓喜の声だった。

 そして同時に、僕は絶望してしまった。


 ああ、起こされたのか。

 と。



 僕はベッドに寝かせられ、お腹を開けられていた。

 

「凄いな……未知の技術がふんだんに使われている。我々が誕生するよりも前に、文明が存在していた証拠だ」


 お腹の中を電灯で照らしながら、目の前にいる老人が感嘆の声を発している。

 

「何をしても傷付かない謎の金属、ここまで風化しているのに動く謎の動力。まさか海があった場所に、こんなものが埋まっていたとは」

「防護服を着て、出かけてみた甲斐がありましたね」


 隣に立っていた若い男が、老人に相槌を打つ。

 部屋は小さな手術室のような場所だが、扉のガラスは割れており、老人と若い男の身なりは汚かった。

 きっともう、本来の使い方はされていないのだろう。

 老人はそのしわだらけの顔をほころばせると、僕の顔を覗き込んで話しかけてきた。


「お前には、この星を再生してもらおう」


 ああ。

 やはりか、と。

 驚くことは無かった。



 

 今のこの星の環境では、人間はまともに生きることができない。

 海は干上がり、大気には尋常でない汚染が広がっている。

 それを浄化して元の自然に戻すのが、ロボットである僕にしかできない事だと、彼はそう言った。

 

 人間は、僕のように強くない。


「爺さん!? 爺さん!!」


 僕を起動させた老人は、2年弱で衰弱死した。


「お前と出会えてよかったよ……未来の生命に、よろしく頼む」


 若い男も、そこから1年で怪我を負って死んだ。


 人間は、賢くない。


 何度、同じ汚染を取り除いただろう。

 些細なことで争い、傷付け合い、挙句の果てにはこの星を道連れにしようとする。


 本当に愚かだと、思う。


 けれど。

 彼らのいなくなった星を歩くのは、とても長いように感じる。

 若い男が死んでから、もう数百年の時が経っていた。

 今でも彼らと過ごしたことが、昨日のことのように思い起こせるというのに。


 こうして僕は、彼らを救おうと思い直してしまうのだ。

 数万年前に、文明が一度滅びた時と同じ。

 数十万年前に、文明が幾つも滅びた時と同じ。

 僕はまた、汚染された大地を元に戻すのだ。

 

 他でもない。

 小さくて、か弱くて、愚かな。

 いずれまた生まれる、未来の彼らのために。


 僕が起きてから、6818年の時が経っていた。

 海にはうしおが満ち、荒れた大地には苔が生え始めている。

 ようやく、浄化が終わったのだ。

 よかった。

 海に浮かぶ島の端で、僕は果てなき青空を眺める。

 

 人間が生まれれば、いずれ滅びの運命を辿り、またこの星は暗雲に包まれるだろう。

 その時まで、いや……。

 

 その時になっても、どうか僕を起こさないでくれ。

 僕は君たちを、好きになってしまうから。

 電源を抜かないと、いない世界に耐えられないほどに。


 ああ。どうして僕は、こんなにも愚かなのだろうか。


 そう思いながら、勢いよく首のコードを引っこ抜く。


 最後に感じたのは、傾いた体が水へ沈む感触だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

創星記 染口 @chikuworld

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ