第26話 電話口の瑠衣姉は雨模様

 衝撃的な暴露を聞いた。


『あの写真を掲示板に貼ったのは私です。あなたたちを陥れるために私が貼りました』


 早苗川琴美。


 今回の事件の犯人は彼女で間違いないらしい。


 あまりにも堂々と言われてしまったため、最初は困惑したものの、話を聞く限りどうやら本当のようだ。


 ただ、早苗川さんは大きな誤解をしている。


 俺と瑠衣姉が八女先生をたぶらかし、彼女らしくない姿に変えようとしている。


 そう思い込み、俺たち二人へ攻撃した。


 実際はまったくもってそんなことないし、変わろうとしているのは八女先生本人の意思でしかない。


 つまり、遠慮のない表現をするならば、俺と瑠衣姉は八女先生に絡んでしまったばかりにこんなとばっちりを受けてしまった、ということにもなる。


 八女先生のお願いを聞き入れてしまったばかりに、瑠衣姉はこの学校から追い出されそうになっている。


 いったいどうしてくれる。


 この責任を八女先生あなたは取ることができるのか。


 そうやって詰め寄ることもできなくはないのだが。


 さすがにそれはいくら何でも血も涙も無さ過ぎる。


 現実問題そうだとしても、俺たちが生きているこの現実では、時に事実をおもんばかって動く必要だってあるわけだ。


 たぶん、あの感じだと八女先生も早苗川さんの思い、そして彼女が行動して起こった事件だということに気付いていない。


 八女先生も何も知らないのだ。


 だから、それゆえに責めるに責められない。


 どう考えてもわざとではないのだから。


「……とは言ったものの、どうしたもんか……」


 家に帰り、俺は自室にこもって頭を抱えていた。


 開けられたままのカーテンから見える外は、既に夕焼け色が濃くなり、三十分もしないうちに真っ暗になりそうだ。そろそろ部屋の電気も付けないと。


「瑠衣姉からのLIMEメッセージもまだ返ってこない……。仕事中なのかな……それとも落ち込んでるとか……?」


 ダメだ。


 考え出すと不安が止まらなくなる。


 今日は朝以外一日通して瑠衣姉に会えなかった。


 噂も止む気配がなかったし、これからのこともある。落ち込んでいてもおかしくはない。


 ……だったら。


「……決めた」


 俺は瑠衣姉の借りているアパートまで今から行くことにした。


 恐らくまだ家にはいないと思うが、それでも瑠衣姉が帰りつくのはあのアパートだ。


 それまで俺は扉の前でも、アパートの前でも何だっていい。待っといてやろう。


 そして、瑠衣姉が帰って来るや否や、今日のこと、これからのことについて話す。


 それしかない。


「母さん! ちょっと俺、出てくる!」


 リビングで鼻歌を唄いながら夕飯を作っていた母さんに一言告げ、俺は家から飛び出した。


 後ろから何か言ってた気もするけど、今はそれどころじゃない。


 たぶん、夕飯どうするのかとか、そんなことだと思う。


 また後で連絡しよう。


「はぁっ……! はぁっ……!」


 スマホを片手に、俺は瑠衣姉の家を目指して駆けるのだった。






●〇●〇●〇●〇●






 十分ほど走り、俺は瑠衣姉の住んでいるアパートに辿り着いた。


 呼吸の整っていない中、部屋のインターフォンを鳴らす。


 ……が、思った通り瑠衣姉はまだ帰って来ていない。


 とりあえず、扉の前に座り込む。


 座って、呼吸を整えることにした。


 季節は春。


 冬とは違い、微かな暖気が流れている。汗もかなり出ていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 額を袖で拭い、ポケットからスマホを取り出す。


 これは、さっき走りながら決めた。


 やっぱり八女先生には事実を伝えよう。


 早苗川さんが勘違いして、俺と瑠衣姉の写真を撮った。そしてそれを掲示板に貼り付けた。


 誰かに気を使って事実を告げない。


 そんなことを今さらしてる場合じゃない。


 瑠衣姉にだけじゃなく、八女先生にもLIMEメッセージを飛ばす。先日アカウントを交換しておいてよかった。


「……!」


 送ったメッセージには既読がすぐ付いた。八女先生は仕事がもう終わっているのかもしれない。




八女春来:『今から電話を掛けてもいいですか?』




 メッセージが送り返されてくる。


 電話か。


 一瞬考え、俺は了承する。


 すると、すぐに着信音が鳴り、スマホがバイブした。応答部分をタップ。


「いきなりですね。電話なんて。もうお仕事は終わってるんですか?」


『……終わってる。今は車の中だよ』


 なら、会話の内容を誰かに聞かれる心配もないか。


「話は今送ったメッセージの通りです。掲示板に写真を貼り付けたのは早苗川さんだった。今日、放課後に廊下で直接俺へ言ってきたんです。彼女自ら」


『……それは本当なんだね?』


「こんな状況で嘘なんてつきませんよ。証拠は提示できないですけど、彼女はあなたが変わろうとしているのを、俺と瑠衣姉がたぶらかしたからだ、と言い張ってきたんです」


『……そう……なんだ……』


「酷い勘違いです。けど、それをそうじゃないと先生自身が言ってくれれば、この件は――」


『丸くは収まらない』


「……え?」


『収まらない。もう既に写真は学校の中で貼り出されてしまったわけだし』


「それは……そうですけど」


『……うん』


「でも、だからってまだ挽回できるチャンスはあるはずだ! 犯人がわかって、その犯人とつながりの深い八女先生が教頭先生たちに事の経緯を話してくれれば、瑠衣姉だってきっとまだ――」


『ダメだったんだ』


「………………?」


『ごめん。三代君。僕は一教師として、この件について深く謝りたい。僕のせいで君の恋をめちゃくちゃにしてしまった』


「……え?」


『電話、代わるよ。瑠衣ちゃんもすぐ傍に居るんだ』


 俺の頭は真っ白になる。状況が呑み込めなかった。


 電話口からはガサゴソと音がし、やがて聞き慣れた人の掠れた声が聞こえてくる。


「りん……君……」


 瑠衣姉。


 確かにそれは瑠衣姉の声だった。


 けど……。


「る、瑠衣姉……? な、泣いてるの……?」


 少しの間の後、遅れて返事。


『大丈夫だよ』と。


 彼女は、『でも』と続ける。


『ごめん……本当に……ごめんね……』


「へ……?」


『私……今のままだと……真剣に学校に居られなくなっちゃいそう……』


「っ……!」


『せっかく……せっかく……りん君は色々考えてくれてたのに……私のせいで……』


 大丈夫、なんて嘘だった。


 声でわかる。


 明らかに瑠衣姉は泣きながら俺にそう訴えかけてくるのだった。

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