第25話 唐突な暴露
「こんにちは。三代林太君」
放課後。
喧騒から逃れ、学校の廊下を一人で歩いていた俺は、ようやく諸々の緊張感から解放されたとばかり思い込んでいた。
「早苗川さん……」
が、しかし、それは勘違いでしかなかったみたいだ。
不思議と場に緊張感が走る。
目の前には早苗川さん一人しかいないというのに。
「今日は一日大変でしたね。朝、掲示板に写真を貼り出されていたところから始まり、その影響で皆さんから質問されたりして」
「……うん。まあ」
「私、驚きでした。三代君と青山先生がまさかお付き合いされていたなんて。いったいどういった経緯でお付き合いするに至ったのでしょう? 気になりますね。うふふっ」
「……」
何だろう。
何か言いようのない違和感を抱いてしまう。
早苗川さんは俺と世間話するほど仲が良いというわけじゃない。
普段、たとえこういう廊下ですれ違ったとしても、何も言葉なんて交わさないはず。
前、八女先生と一緒にいた時挨拶をし合ったから?
いや、だとしてもだ。
こんな風に気安く語り掛けてくるタイプではない。
彼女は何か俺に言いに来たはず。
なのに、投げかけてくる言葉はすべて空虚なもので。
だから、俺は違和感を覚えているんだと思う。
意を決して、強い口調で切り出した。
「質問はそれだけ、なのかな?」
「……え?」
「いや、普段早苗川さんは俺なんかに話しかけてこないから。特別言いたいことでもあるのかなと思ったんだけど、そういうわけじゃないの?」
一瞬黙り込み、俺をジッと見つめる彼女。
やっぱり嫌な言い方だったのかもしれない。
慌てて訂正しようとすると、早苗川さんはクスッとまた笑う。
「ええ。正解です。私は三代君とお話がしたかった。でも、特別にあなたを探し回ってようやく見つけて、それでやっと今会話できてる、なんて感慨深い思いなんてものは抱いていません」
「……うん」
「たまたまこうして会えた。たまたま会えたから、おっしゃる通り普段はあなたと交わさないような会話をしてみよう、と。私はそう思った次第です」
「……なるほど?」
疑問符の付いたような曖昧な言い方をしてしまう俺。
それを見て、早苗川さんはさらに面白そうにクスクス笑った。
「三代君は私と世間話をするの、楽しくないでしょうか?」
「え……!?」
「あれ? そういうことではないのですか? 私と世間話をするのが楽しくない。だから、無駄な会話でお茶を濁すのはやめて、本当に言いたいことを言え。そうおっしゃっているのでは?」
三分の二が正解。
ただ、三分の一は間違っていた。
俺は焦るようにして首を横に振る。
「い、いやいや。別に早苗川さんと世間話をするのが楽しくないとか、そういうわけじゃないよ」
「はい。では、無駄な会話でお茶を濁すのはやめて欲しい。本当に言いたいことを言え。これらはその通り、ということでよろしいですか?」
「っ……」
そうだ、とも言いづらい。
それを肯定してしまえば、彼女との会話をまるで楽しんでいないのがバレバレだ。
イコールとして、早苗川さんとの世間話を楽しんでいないということになってもおかしくない。
頭を縦に振るに振れなかった。苦しい。
「……俺は……」
「……ふふっ」
「……え?」
「ふふっ……ふふふっ……! あははははっ……!」
なぜか面白そうにお腹を抑えて笑い始める早苗川さん。
俺は何が面白いのかわからず、彼女を見つめて首を傾げた。
「あはははははっ……! ごめんなさい! ごめんなさいね、三代君! 私ったら、ちょっと気を抜くとすぐにこうなっちゃうものだから! うふふふっ!」
「は、はぁ……」
「意地悪よね、私。あなたにとって答えづらい訊き方ばかり。ごめんなさい。本当に」
謝られても、というところではあるのだが。
しかも、自覚してるっていうのも何とも言えない思いにさせられる。
それはそれでどうなんだろう。
「でも、安心して?」
「……?」
「私もあなたと話すの、全然面白いと思っていないから」
清々しいくらいの笑顔で言われた。
心臓がドクッと嫌な跳ね方をする。
じわりと背中に汗が浮かんだ。
「そ、そうだったんですか……?」
「ええ。それはそうよ。だって、あなたは私の好きな人をたぶらかしているんだもの。敵と言っても過言じゃない」
「好きな人をたぶらかす……?」
敵意なく頷く彼女。
それがまた不気味であり、俺の不安感を煽ってくる。言ってることの意味もわからなかった。
「それは……どういうこと? 俺、早苗川さんに何かしちゃってるのか……?」
「あははっ。自覚は無いのね。それもまた腹立たしいかも」
「っ……」
「八女先生。あなたと青山先生がたぶらかしてる」
「……え……?」
「とぼけてもダメ。もう私、知ってるから。八女先生を女性らしくさせようとしてること」
彼女が何を言ってるのかわからない。
呆気に取られ、俺は早苗川さんを凝視する。
彼女の表情はみるみるうちに冷たいものに変わっていき、
「本当にふざけないでもらいたい。私の。私だけの八女先生だったのに。あなたと青山先生のせいで、ハルちゃんは……!」
理解が追い付かなかった。
俺はただただ困惑するしかない。
「でも、これで安心よね。写真を貼って、全校の人に知らせたから」
「っ……!?」
「あなたと青山先生の不純な関係。これでもう彼女はこの学校に居られないはずだから」
写真を貼り出した犯人。
それは俺だけじゃなく、八女先生や畑中さんも見つけるのに協力してくれていたものだったわけだけど。
「そ、そんな……」
まさか、こうも簡単に自分から名乗りを上げてくれるとは。
冷や汗を浮かべながら、俺は突き付けられた現実に動揺するのだった。
【作者コメ】
物語も佳境に入ってきました。残り何話かわかりませんが、最後までお楽しみください!
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