第24話 決意と怪しい影

「ごめんね、三代くん。たぶんあの写真が貼られてしまったのは僕のせいだ」


「え……?」


 風が吹き抜けていく屋上。


 さっきまで畑中さんたちがいて賑やかだったこの場所は、一転して穏やかな雰囲気に包まれている。


 そんな穏やかさの中、俺の目の前に現れた八女先生は申し訳なさげにそう言った。


 事の責任は自分にある、と。


「どういうことですか?」


 訊かずにはいられない。


 俺は動揺を隠せず、わずかに二歩、三歩と前に出て、八女先生との距離を縮めながら問うた。


 彼女は伏し目がちに頷いて続けてくれる。


「昨日の夜、知らない番号から携帯に電話が入ってね。たぶん公衆電話からだと思うんだが」


「公衆電話……?」


 今の時代に珍しい。


「正体を明かしたくないんだろうね。声もボソボソとしていて、女の子がわざと男の子を演じているような低さの声音だった。そんな正体不明の何者かが、『あなたはどうして変わろうとするんですか?』なんて問うてきたんだ」


「……何ですかそれ? なんか気持ち悪いな」


「うん。僕もゾッとしたよ。何の脈絡も無く突然だったし、最初は怪しい宗教勧誘か何かの電話かと思った」


「でも、違ったと?」


 頷く八女先生。


 合っていなかった視線が俺と合う。


「違った。聞けば、その電話主はこの学校の生徒らしくてね。最近、僕が女性らしく変わろうとしていることを知っていて、それをやめて欲しい、という旨の電話だったんだよ」


「はい……? ど、どういうことですか? いや、言葉の意味はわかりますけど。何で?」


「何でも、僕には今のままが一番似合ってるらしいんだ。だから、変に変わろうとしなくてもいい、と」


「そんなの、その人からしてみればって話でしょ? 八女先生本人は変わりたいって思ってるのに、何でそんな余計なことを」


「うん。余計かはわからないが、僕はまずその人と会って話がしたい、と言ったよ。うちの学校の人ならば、会えないことはないし、話せないことはない。恐らく女の人だろうし、もしかしたら生徒かもしれないしね」


「でも、結局正体はわからなかったって感じですか?」


「わからなかった。そして、こんなことも言われた。『あなたが変わろうとし始めたのは、青山先生と三代林太が変なことを吹き込んだからだ』と」


「え、えぇ!?」


「『私はあなたのことが好きです。だから、あなたを助け出すために、二人を懲らしめる必要がある。私はそれを実行していくつもり』とも言っていた」


「な、何でそうなる!? て、てか、好きって!」


「う、うん。告白は嬉しいけど、どこか思想が歪んでいるようにも思える。より一層電話主と会って話をしなくちゃ、と思うし、君と瑠衣ちゃんには何て言っていいのかわからない。本当にすまない。僕のせいだこれは」


「ぐっ……! くそっ……!」


 申し訳なさのあまり頭を下げる八女先生。


 そんな彼女を見て、安易に怒りをぶつけることなんてできない。


 悪いのは、歪んだ考えを持ち、さっそく実行に移してきた電話主だ。八女先生じゃない。


「……頭、上げてください。八女先生がそんな風に俺へ謝る必要なんてないです」


「し、しかし……僕は……」


「ムカつくんです。ムカつく。俺と瑠衣姉へ攻撃してきたのはもちろんのこと、変わりたいって思ってる八女先生の意思を無視して自分の考えを押し付けるだけ押し付けてるその電話主が」


「……三代くん……」


 ぽつりと俺の名前を口にする八女先生。


 俺は、思わず彼女の手を握り、目を見て言ってやった。


「見つけ出します。その電話主が誰なのか」


「け、けど、そうしたって君と瑠衣ちゃんは……」


「構わないです! こんなことで俺たちの仲が引き裂けるか!」


「っ……!」


「そりゃ、瑠衣姉はこの学校を辞めさせられるかもしれないですし、もしかしたら教師を続けられなくなるかもしれない。辛い思いをさせてしまいます」


「……」


「でも、その時は俺が傍にいるから。二人で一緒にどうしていくか、考えればいいと思うんです」


 それこそ、俺の一方的な考えの押し付けかもしれない。


 でも、きっと瑠衣姉なら……。


「……そうか。そうなんだね」


「……はい」


「瑠衣ちゃんは幸せ者だな。君のような男の子が傍に居てくれて」


 笑顔で言ってくれる八女先生。


 その瞳の端には、薄っすらと涙が滲んでいるように思えた。


「わかった。僕も当事者として、犯人探しの手伝いをするよ」


「ほ、本当ですか?」


 先生は頷く。


 そして続ける。


「あと、教頭先生たちにも瑠衣ちゃんがこの学校を辞めないで済むよう掛け合ってみる。彼女が君の傍になるべく居られるよう尽力するよ」


「や、八女先生……」


「任せておいてくれ。生徒と、それから友達を守るのは当然のことだからね」


 白い歯を見せて笑う彼女。


 俺は、一瞬そんな八女先生に見惚れてしまった。


 この人が女性らしい装いをした時、数多の男たちは惚れていくんだろうな。


 今だってそれはあるけど、もっと数は増えて。






●〇●〇●〇●






 八女先生との約束をした昼休みの後、俺は残りの授業を受け、放課後を迎えた。


 周囲では、相変わらず俺と瑠衣姉の噂がされており、からかってきたり、純粋にどういう関係なのかを訊いてくる連中ばかり。


 俺はそんな渦から一人抜け出し、何とか逃げ着いた人気のない廊下を歩いていた。


 昇降口の下駄箱ではまた人に捕まるんだろうけど、そこを乗り切るための体力をここで回復させておかないと。


 そう思い、ため息をつく。


 ちょうどスマホもポケットでバイブした。


 連絡先を交換したばかりの相手。畑中さんがメッセージを送ってきてた。


『あれから何か変わったことあった? 協力ならするからね』とのこと。


 だったらその言葉に甘えて、犯人探しを彼女やその友達にも手伝ってもらおうかな。


 そんなことを考え、メッセージへ返信しようとしてた時だ。




「こんにちは。三代林太君」




 背後から声を掛けられ、心臓が飛び出そうになる。


 振り返ると、そこには――


「さ、早苗川……さん……?」


 早苗川琴美が立っていた。

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