第23話 五人の頼もしい味方

 畑中さんたちに連れられて、俺は屋上へやって来た。


 ここへ入るのは初めてだ。


 なんせ、普段から教師たちは扉の鍵をかけて、それ以上先に進むのを禁止している。


 なのにも関わらず、彼女たちは手慣れた手つきで扉を開け、俺をその先にあるコンクリートの方へ導いてきた。


 完全な非行少女集団。


 見た目は普通の女子たちなのに、テンション同様やることも結構アクティビティだ。とてもじゃないが俺には真似できない。


「――それでそれで? さっそくだけど、さっきの話の続き聞かせてもらっていい?」


 畑中さんを真ん中に、五人が俺へ詰め寄りながら問うてきた。


 確かにさっそく過ぎる。


 思わず後ずさりし、俺は金網に背を付けてしまった。


 言い逃れできそうにもない。


 下手に嘘を付いてそれが問題になっても困る。


 正直に話すことにした。


「……わかったよ。話す。話すけど、一つだけ約束して欲しい」


「「「「「うん」」」」」


「今から話す内容は、極力人に言わないで欲しいんだ。極力っていうか、絶対」


「「「「「言わない言わない」」」」」


 五人が五人とも声を重ねて頷く。


 本当だろうか。


 信用しきれないところもあるけど、今さら疑ったって仕方ない。追い詰められてるのは俺の方だ。


「でも、どうしてそんな秘密にしたがるの?」


 畑中さんの隣にいた、少しクールめの女の子。名前は確か二階にかいさん。彼女が問うてきた。


「関係性については今から詳しく訊くとして、三代君と青山先生の今の状況ってかなりヤバいよね? そのうち皆にバレない? そういうの」


「……まあ、それは……」


 言い淀む俺。


 すると、続けざまにもう一人の女子が畳み掛けてきた。


「ウチらは早めに本人から訊くけど、って感じ? 確かにメイちゃんの言う通りかも?」


 名前は恩田おんださん。


 元気系のキャラでクラスの人気者の一人。


 一回だけ数学係で一緒になったことがあって、会話もしたことがある。主に事務的なやり取りだけだが。


「そりゃ、言いたいこともわかるけどね。私たちにべらべら喋られるのも三代君的にはヤだろーし」

「何より、二人の関係はなるべく二人のものだけにしときたい、って気持ち沸くもんね」


 残りの二人、町岡まちおかさんと達樹たつきさんも会話を煽るようにニヤニヤしながら言ってきた。


 俺は苦笑いを浮かべ、眼前にいる五人から視線を逸らす。


 それを逃さんとばかりに、畑中さんが話を続けた。


「さすがにいきなりだもんね。普段あんま会話なかったし、私たちのこと信用できないのも無理ないよ。ね、三代くん?」


「……いや、別に……」


「いいって。そこは嘘ついてくれなくても。私が三代くんの立場だったとしたら警戒してるし、好きな人とのことなんてなおさら隠そうとするもん」


「っ……」


「じゃあ、こうして集団になって訊きに来るなよ、とは思うかもだけどね。つまりはこう、なんていうかさ」


「……」


「私たちは、別に三代くんの敵じゃないよってことが言いたいの」


「……え」


 頓狂な声を出してしまった。


 畑中さんは気恥ずかしそうに笑みを作る。


「憧れじゃん? なんかトキメキじゃん? 学校の先生と恋するって。許されてないけど、止められない感じがめちゃくちゃいいの。キュンキュンするし」


「え、えぇ?」


 まさかの告白。


 畑中さんは視線の先を左右両隣に向けたりして、同意を求める。


 二階さんと恩田さんが真っ先に頭を縦に振り、続けて町岡さんと達樹さんも頷いていた。


「漫画とか映画じゃよく見るけど、現実だとなかなかそうもいかないでしょ? それもあって、朝から私たちテンション上がってたんだ」

「先生とガチ恋してる人がこのガッコにいたんだー、みたいなね!」


 楽しそうにしながら話す二階&恩田。


 正直、俺からしたら楽しめる状況ではないんだけど……。


 まあ、この人たちが楽しむ分にはどうでもいいのか。当事者じゃないもんな。目の敵にされるよりも全然マシだし。


「それで、こうして俺に近付いた、と?」


「「「「「そゆこと」」」」」


 即答か。


 思わずため息をつきそうになるけど、それをこらえた。


 そこまで親しい仲でもないし、呆れたりする素振りは悪い気にさせてしまうかもしれない。


 誤魔化すように口元を抑え、それから話の続きをすることにした。


「じゃあ、そういうことなら、とりあえず話すよ。俺と瑠衣姉の関係性について」


「「「「「瑠衣姉だって!」」」」」


 相変わらず俺のセリフ一つ一つにキャーキャー騒ぐ五人。


 思わず苦笑してしまう。


 でも、味方と言われれば悪い気はしない。


 疑う気持ちは、先ほどと比べればかなりマシになっていた。


「出会いは、俺が本当に小さい時で――」


 風が吹く。


 屋上だし、高い所だし、当然だ。


 俺が話すのに、五人の視線が一気にこちらへ集まるのだった。






●〇●〇●〇●






「――というわけで、今に至る。どこの誰かはわからないけど、俺は瑠衣姉との写真を撮られてたらしい。どういう意図かも謎。恨みを買うようなことをした覚えもないし」


「ええぇぇ~っ! うわぁぁ~! めちゃいい話だったー!」

「ほんと誰なんだ? 写真撮った奴は」

「それを一枚とはいえ、掲示板に貼り付けるのも最低だよね! 林太くん、ウチが情報網使って暴いてあげよっか!?」

「「いやいや、さすがにそれもそれでマズいからね?」」


 瑠衣姉とのことを一から話した。


 時間的には二十分ほどかけたみたいだ。昼休みも残り十五分ほどになってる。早いうちに弁当食べててよかったけど、畑中さんたちも昼はもう済ませてるんだろうか。ふと疑問に思った。


「でも、状況としてこうなったのは仕方ない。犯人探しよりも、俺はこれから先のことを考える。もしかしたら、瑠衣姉はこの学校に居られなくなるかもだし」


「やっぱそこだよね……。青山先生、まだうちのガッコに来たばっかなのに……」

「学校が変われば、また三代君と青山先生は離れ離れか?」

「それよりも、青山先生教師続けられるの? 問題はそこじゃない?」


 うーん、と五人は自分のことのように頭を抱えてくれる。


 俺としては、それだけで嬉しかった。


「ごめん。ありがとう。色々考えてくれて」


「いやいや、そんな! 三代くんは謝らないで? 単純に青山先生に恋してるだけなのに!」


 畑中さんが手を横に振って否定してくれる。


 俺は、そんな彼女の慰めを受け、それでも、と首を横に振った。


「その恋すること自体がダメなんだから仕方ないよ。さすがに調子に乗り過ぎた。年齢とか、瑠衣姉のことも、もっと真剣に考えてあげなきゃだったのに」


「君は充分真剣に考えてたと思う。普通なら突っ走って、相手のことを考えずにアウトになるところだよ。今回は、結果的に運が悪かっただけで……」


 二階さんもだ。


 彼女も慰めの言葉をくれる。


「ごめん。ありがとう二階さん。それでも、だ。運が悪くても、見つかったのは見つかったわけだから。今さらどう言い訳したって無駄だよ」


「……私はそうも思えないんだけど」


「ううん。いい。先のこと、前向いて考えて、結果を受け入れるしかない」


「……三代君……」


 二階さんの哀れむような表情が心にくる。


 彼女たちは本当にいい人なんだ、と強く思った。


 ありがとう。


 今はその言葉しか浮かんでこない。


 感謝だ。


「で、でも、とにかく私たちで何か力になれそうなことがあったら教えて? いつでも協力するし、何なら職員室に行くのだってついて行くから!」


「ありがとう、畑中さん。気持ちだけ受け取っておく。あんまり巻き込むのも悪いし」


「いや。巻き込んでくれて構わないよ」

「そうそう! ウチら、林太くんのことも心配だけど、青山先生いなくなっちゃうのも寂しいから!」


 瑠衣姉、女子からも慕われてたんだ。


 まあ、いつも生徒に寄り添ってたし、何よりも優しいもんな。


 その物腰と親しみやすさは、しっかり皆に伝わってたようだ。なんだか自分のことのように嬉しくなる。


「わかった。じゃあ、俺は――」


 セリフを最後まで口にしようとした時だった。




「君たち。こんなところで何してるの?」




 聞いたことのある声。


 見れば、屋上の出入り口にカッコいい……女の人が立っていた。


 八女先生。彼女だ。


「あー! ハルキせんせー!」


 五人は一斉に八女先生の方へ視線をやり、名前を呼ぶ。


 そして、俺の元を去り、彼女の方へ駆けて行った。


 言った通り、俺がさっきまで話してたことを一切言わず、すぐさま別の話題で八女先生と会話してる。


 ほんとコミュ力の高い人たちだ。


「うんうん。わかったよ。ここにいることは教頭先生たちにも言わないから、授業もそろそろ始まるし、教室に戻りなさい?」


「えー! もうー?」


「もうって、授業開始まで十分切ってる。急がないと遅れちゃうよ」


「はーい!」


 素直に返事をし、俺の方を向いてから手を振ってくれる畑中さんたち。


 それはどこか意味深で、また今度ね、というニュアンスが含まれてるような気もした。


 俺も心の中で呟きながら手を振る。


 また今度ね、と。


「三代くん。君はちょっと、もう少しだけ僕との会話に付き合ってくれる?」


 こちらへ歩み寄り、深刻そうな表情で語り掛けてくる八女先生。


 俺は自虐的に笑い、


「授業遅れるかもなのに、ですか?」


「五分だけ。走ったら間に合うだろうから」


「廊下は走っちゃいけないんですよ」


 揚げ足を取るようにして言い、力なく笑う。


 俺の顔を八女先生は見て、「真面目な話だから」と返してきた。


 そんなの、言わなくてもわかる。いつになく表情が硬いし。


「それで、話って何ですか?」


「朝あった写真のことだよ。それから、瑠衣ちゃんのこと」


 彼女は悲しそうに、自分を責めるようにそう言うのだった。

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