第19話 見栄っ張りで不器用な瑠衣姉

「る、瑠衣ちゃんによる……恋をした時の感情解説……?」


 その言葉の意味を確認するかのように、八女先生は疑問符を付けて俺へ問うてくる。


 俺はそれを提案したのにも関わらず、この場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。


 即座に思ったわけだ。


 いったいぜんたい、何を言っちゃってるのか、と。


 けれど――


「三代君! それはいったいどういうこと? 何をするのか僕に詳しく教えて欲しい!」


 一度言った言葉は、簡単に無いものにはできない。


 八女先生はすごく興味ありげに表情を明るくさせ、椅子から立ち上がる。


 瞳はキラキラしていて、今さらやっぱり無しとも言えないような雰囲気だ。


「え、えっと、具体的に何をするかと言っても、八女先生はただ瑠衣姉の話すことを聞いていればいいだけ、といいますか……」


 言って、ちらりと瑠衣姉の方を見やる。


 彼女は、既に顔を真っ赤にさせ、口をパクつかせていた。予想通りの反応ありがとうございます。


 ありがとうございますなんだけど、こればかりは俺も自分の首を自分で絞めたことになる。


 瑠衣姉が恋した時の感情。その想いが向かう先なんて一つしかない。


 それをわざわざ八女先生の前で言わせるなんて、俺はバカなのだろうか。


 果たして俺は冷静でいられるか。


 想像するだけで心臓がバクバク鳴る。


 八女先生は瑠衣姉の想い人が誰なのかまったく知らない。


 これでもしも彼女に知られでもすれば、大問題だ。


 瑠衣姉はもしかするとこの学校にいられなくなるかもしれない。


「る、瑠衣ちゃんが恋をしてる時の気持ちの揺れ動き……! 確かに気になる……! 気になり過ぎるよ……!」


「あ、え、えと……で、でも……」


 瑠衣姉は真っ赤な顔のままもにょもにょと言うも、八女先生の勢いに言葉をかき消されてしまう。


「三代君も! 君は天才だな! これだけ可愛くて美人で、恋愛経験も豊富そうな瑠衣ちゃんからの話を聞けば、きっと僕も女性として一皮剥けられる! すごい! すごいよ、本当に!」


「い、いえ……全然そんなことは……」


「ごめんね、瑠衣ちゃん! 一方的なお願いだけれど、僕のこの希望を、三代君の提案を受け入れてはくれないかな? 飲み会でも言ってたし! 『今まで三十人くらいにナンパされて、すべて断ってきました。モテ過ぎで困ります』って!」


 何を言っちゃってるんだよ、ほんと……。


 ただ、そうはいってもビッグマウスが過ぎる俺の想い人とくれば、


「あわわわ……!」


 助けて、と言わんばかりに涙目で俺の方を見つめてきていた。


 まるでそれは崖から突き落とすのと同じだ。


 ごめん、瑠衣姉。どうにかこの状況を一人で乗り切って欲しい。


 こうなってしまったのは、全部俺のせいでしかないんだけど……。


 手を合わせてこっそり謝ると、瑠衣姉は「そんな……」とばかりに泣きかける。


 涙目どころの話じゃなかった。涙が瞳から零れ落ちそう。


 俺は心を鬼にして手を合わせ続けた。


「うぅぅ……! そんな……! そんなぁ……!」


「お願い、瑠衣ちゃん!」「お願い、瑠衣姉」


「っ~……!」


 言葉にならない悶え声を出し、下を向いて、やがてまた俺たちの方を見てくる瑠衣姉。


 その表情には、決心と、それから俺に対する静かな怒りが見え隠れしていた。


『あとで覚悟しておいてね?』


 もう、今はその怒りさえも甘んじて受け入れるしかない。


 言うまでもなく悪いのは俺だ。


 どんなお仕置きでも耐えよう。


「……わかりました。言います。私が……こ、恋してる時の……気持ち……」


「おぉぉ……! あ、ありがとう瑠衣ちゃん!」


 言って、八女先生は俺にも目配せしてくる。


 まるで、「やったな!」とでも言ってくるかのように。


 俺はひたすら頬を引きつらせて苦笑いするばかりだ。


「……ま、まず、私には……今……好きな男の子がいます……」


「おおお、男の子ぉ!?」


 いや、何!? いきなりこの人は! 突然でかい声で反応し始めましたよ!?


 でかい声で驚く八女先生に俺は恐れおののく。


 彼女は続けた。


「な、なんてピュアな表現なんだ……! 男の子、だなんて……! まるで少女のようじゃないか……!」


「しょ、処●ぉ!?」


 いやいや、あなたもですか瑠衣姉さん!? しかも、処●じゃなくて少女ですからね!? 八女先生が言ったのは!


 心の中でツッコむしかなかった。ツッコミとはいえ、処●なんて言葉、大人の女性に浴びせるわけにはいかない。


 瑠衣姉はきっと自分が未経験ってことを見透かされたと思い込んでるんだろう。冷や汗ダラダラで顔を青ざめさせていた。


「さ、さすがですよね、八女先生! 瑠衣姉は! やっぱりこの外見だし、今までモテてきてるんですよ! 経験豊富なんだなぁ!」


 強引に軌道修正を図る。


 一瞬、八女先生は疑問符を浮かべていたものの、すぐに頷いてくれた。さすがだ、と。


「しかし、経験豊富でありながらピュアさも兼ね備えているとは……。真にモテる美人というのはこういう存在のことを指すんだろうなぁ……。本当にさすがだ……瑠衣ちゃん……」


「ですです! え、えっと、じゃあ瑠衣姉? お次の話をどうぞ!」


 動揺していた瑠衣姉は、どうにか正気を取り戻し、咳払い。


 俺の指示通り、次の話をしてくれ始める。


「そ、その、好きな男の子……じゃなくて、だ、ダーリンといる時、わ、私はとてもドキドキして……」


 言い直したな。ダーリンって。


「と、とてもせくすぃーな気持ちに……な、なりますのよん!」


「いや、何キャラ!?」


 今度こそ声でかでかとツッコんでしまう俺。


 もはや我慢の限界だった。


 動揺と困惑と、その他いろいろな感情のせいで訳がわかんなくなってる。


 明らかに混乱してる時の瑠衣姉だ。


「る……瑠衣ちゃん……?」


 さすがの八女先生も、こればかりは疑問符を隠しきれない。


 様子のおかしさを察したのか、気まずい表情で瑠衣姉を心配していた。


 まだ感情説明は始まったばかりだってのに。


「ちょ、ちょっと失礼します! 八女先生!」


 俺は目をぐるぐるさせている瑠衣姉の手を引き、教室の外へ連れ出した。


 まさかここまで俺の想い人が不器用だなんて。


 何もかも想定外だった。








【作者コメ】

次々回からトンデモイベント発生。波乱の予感です。

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