第18話 キケンな提案

 一日の授業をすべて受け終えた放課後、俺は日中あった瑠衣姉からのLIMEメッセ通り、東校舎の空き教室へと足を運んだ。


「……二人ともお早いですね……」


 教室へ着いて扉を開けると、そこには既に瑠衣姉と八女先生が椅子に腰掛けて待っていた。


 早すぎる。


 瑠衣姉なんてさっき俺のクラスで帰りのホームルームを終わらせたばかりなのに。瞬間移動でもしたのだろうか。


「いらっしゃい、りん君。今日一日お疲れ様」


 にこりと微笑みを投げかけながらそう言ってくれる瑠衣姉だが、俺は気恥ずかしくなり、口元を手で抑えながら視線を横にずらした。


「る、瑠衣姉……ここ学校だし……八女先生もいるからその呼び方は……」


 俺がもごもごしながら言うと、相変わらず男性と見間違えるような紺色のスポーツジャ―ジに身を包んだ八女先生が、弾かれたように椅子から立ち上がり、


「そ、その点においては気にしなくても大丈夫! 酔っていたけど、僕は昨日の夜のことをすべて覚えているから! 瑠衣ちゃんと三代君が昔から馴染みのある関係だってことも!」


 何が大丈夫なのかわからないセリフを発してくれる。


 言った直後、「ぷしゅぅ」と効果音が出そうなほどに顔を赤くさせ、うつむいてしまった。


 わがままを言っているのはわかるのだが、なるべくそういう反応は控えていただきたい。


 俺も俺で、昨日のことを鮮明に思い出して死にたくなるから。


 八女先生の履いていた女性用下着。それをガッツリ見てしまったあのシーンのことを。


「っ……。ま、まあ、とりあえず俺もそっち行って座ってもいいですか……?」


「う、うんっ! もちろん!」「あ、ああ! 座って構わないよ!」


 瑠衣姉と八女先生は声を重ね、やがて二人で目を合わせて黙り込んでしまう。


 予想してなかったわけじゃないけど、ここまでとは。


 かなり気まずい。昨日のことを思い出すと余計に。


「え、えっと……それじゃあその、まずは何から話していけばいいんでしょう……? 作戦会議……するんでしたよね?」


 チラッと瑠衣姉の方を見ながら言う。


 瑠衣姉は俺の視線を受け、コホンと咳払い。


 大人っぽくて色気の半端ない縦セーター。その内に包まれている胸が若干揺れた。焦ってそれから目を逸らす。


「今日はね、八女先生が女性らしくなるための方法として、具体的な案を出し合う会議を開いたつもりなの。りん君も協力してくれるよね? 昨日、力を貸してくれるみたいな流れになったわけだし」


「あ、あぁ……まあ……?」


 なんかもうそういう流れを勝手に作られたって方が表現としては正しい気もするが。


「でも俺、正直なとこあんまり貢献はできないと思うよ? 一応、案は一つ二つくらいなら用意して来たけど、本当にそれ以外何も無いし」


 できる男、寄り添える男、みたいなアドバイスなんて無理だ。


 頭の中には瑠衣姉のことだけだし、その瑠衣姉に対しても精一杯考えないと気の利いたこともできない俺だし……。


「ひ、一つや二つあるだけでもありがたすぎるよ! 君は歳頃の男子高校生だし、若い男の子のアドバイスというものはとても貴重だから……」


「うんうん。確かに。私もりん君がいなかったらプライベートで男子高校生と会話することなんて無いから、こうしていてくれるのは貴重なことだよ~」


 あなたはそもそも男子高校生じゃなくてもまともに男の人と会話できないんですけどね。


 なんてツッコミはしないでおく。


 本音を言えば、俺はそれが嬉しかったりもするから。


「……まあ、そういうことならいいですけど。これ、もうさっそく言っていってもいいの? 案ってやつ」


「うん、いいよ!」「ああ、お願いしたい!」


 この二人、本当に仲いいな。


 境遇もなんとなく似てるし。


「なら、まず一つ目。これは友達の意見を参考にしたものなんだけどね?」


「「うんうん」」


 何で瑠衣姉まで真剣に聞いてるんだろう。


 それだけ八女先生の力になりたいってことなのか……?


「ベタに恰好から入っていく、というのはどうでしょう?」


「「恰好……?」」


 俺は頷いて続ける。


「着る服を女性らしく、言葉遣いを女性らしく。これだけなら瑠衣姉もだし、八女先生だって浮かんでたと思う」


「それはね」「まあ、確かに……」


「だから、俺はそこからさらに発展させて、疑似デートをするのが一番なんじゃないか、と考えた」


「「ぎ、疑似……デート……?」」


「うん。疑似デート。さすがに俺が彼氏役をするのはマズいから、瑠衣姉が男役をして――」


「わ、私が男役!?」


 まだ最後まで言い切ってないのに。


 落ち着いて、と手でジェスチャーし、続ける。


「八女先生がそれに向けて服を選んだり、言葉遣いを練習したりします。服選びはまた俺たち三人で行きましょう。俺は全然大人の女性のファッション事情なんて知りませんが」


「ぼ、僕が……男性を模した瑠衣ちゃんと……」


 控えめに瑠衣姉の方を見て、頬を朱に染める八女先生。


 手も胸の前でもじもじ組んでいて、その仕草はかなり女性らしかった。


 普通に可愛い。


「け、けれど、本当にそれでいいのかな……?」


「……?」


「三代君を相手にした方が……僕はやっぱり……」


「ややや、八女先生! 私、頑張ります! 頑張りますから、どうか不安に思わないでください! 私がその役を全力で全うします!」


 椅子から立ち上がり、俺をガードするように前へ立ちふさがってくれる瑠衣姉。


 その姿が必死すぎて、思わず頬を掻いてしまう。


 きっとこれが逆の立場でも、俺は瑠衣姉を守っていたはずだ。絶対に他の人には渡したくないから。


「う、うん。なら、大丈夫かな……? それ……お願いしてもいい……? 瑠衣ちゃん」


「ま、任せてください! 私、しっかりとやらせていただきます!」


 胸を張って言い、瑠衣姉は俺の方へこっそり振り返ってくる。


 頬を膨らませ、「むぅ」とご機嫌斜めな声を漏らしていた。


 い、いやいや、一応ただの一案ですから……。


「ま、まあ、それが一つ目ね? 二つ目、これは……」


「……むぅぅ……」「うんうん」


 真反対な感情が浮かぶ二人の瞳。


 俺はそれらを前にして、生唾をゴクリと飲み込み、二つ目の案を言った。


「る、瑠衣姉による……こ、恋をした時の感情解説……」


 一瞬にして、空気が固まったのは言うまでもない。


 そんな中、俺はただ一人視線を斜め左下へやっていた。

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