第13話 イケメン王子の正体

「フーッ……フーッ……!」


 時刻は夜の九時半くらい。


 一週間の始まりで、明日もまだ火曜日。華金には程遠いのに、ここ、飲み屋街は、かなり盛況してる。


 立ち並ぶ店たちは、それぞれが思い思いにいい匂いを漂わせ、未だ夕飯を食べていない俺の空腹を刺激する。


 ぐぅぅ、とお腹も鳴りまくっているものの、俺はそれを気にすることなく、ただ建物と建物の間に身を潜め、血眼になって向こうにある店を凝視していた。


 ――『瑠衣ね、今日居酒屋のんべぇで他の先生たちと飲み会するみたいなの。心配だし、りん君もちょうど塾終わり被るかもしれないから、よかったら家まで連れて帰ってきてくれる?』


 瑠衣姉のお母さんには、こういう風に頼まれた。


 頼まれたからには、俺も断ることはしない。


 特段二の足を踏んでしまうようなお願いでもないし、何よりも瑠衣姉のお母さんには昔から色々と世話になってる。


 多少のお願いは聞いてあげたい、と俺も思ったわけだ。二十八歳の娘を、十七歳の男子高校生に迎えに行かせるって絵面は、結構面白いと思うのだけど。


「……まあ、それもいいよ。おばさん……」


 ただ、だ。


 俺がこのお願いを聞いた理由は、もっと別のところにあった。


 都合が良かったのだ。


 放課後、ちょうどとんでもない現場に遭遇したから。


 あの男性恐怖症の瑠衣姉が、イケメン王子の体育教師、八女春来先生と楽しそうに会話していた。


 それも、隣合って密の状態で並んで歩き、飲み会の後は僕が送って行くだの何だの言われ、照れながら喜ぶ瑠衣姉……。


「ユルサナイ……! ゼッタイニ……ユルサナイ……!」


 俺から瑠衣姉を奪おうとする奴は、まとめて血祭りにあげてやらないと。


 八女春来……! ……先生……!


 俺は、あなたを今から●さないといけない。


 でも、それはあなたが悪いんだ。


 男性恐怖症のはずの瑠衣姉を懐柔し、あたかも自分のモノのように振る舞う。


 そんな横暴が……俺の前で許されると思うな……!


 瑠衣姉は俺が家まで連れて帰る……!


 あなたは……俺が地獄に送ってあげますよ……!


「――ッ!」


 鬼気迫るオーラを漂わせ、暗闇の中一人で隠れていると、のんべぇからワイワイと楽しそうな御一行さんが出てくる。


 その中には、瑠衣姉の姿と……。


「八女春来ッ……!」


 件のド腐れ体育教師が、やっぱり金魚のフンみたいに瑠衣姉の隣を陣取っていた。もはや『先生』なんて付けてやる気も無くなった。もはや呼び捨てでいい。


「くそっ……! くそっ……! あいつ……何であんな簡単に瑠衣姉の隣に……! 瑠衣姉も男性恐怖症じゃないの……!? 何でそんな楽しそうにしてるんだよ……!」


 寝取られ系作品の主人公の気持ちが、今は痛いほどにわかる。


 心臓の生皮が剥がされていくような感覚。


 胸がズキズキと重く痛んだ。


 対して、瑠衣姉は俺といる時のような……いや、俺といる時よりもフラットな笑顔を浮かべている。


 酔ってるからなのか、それとも、八女先生に魅了されたが故なのか。


 想像するだけで、膝がガクガクと震える。


「よーし! じゃあ、これから二次会もやりますが、参加する方は私についてこーい!」


 社会科教師の田町先生が、酔っ払って楽しそうに言ってる。


 それに応えるかのように、次々と先生たちが「おーっ!」と手を挙げるものの、瑠衣姉と八女先生は、「僕たちは――」と断りを入れていた。


 周りの先生たちも、それをわかってたみたいに、「了解」と手を振っている。


 悔しさで気が狂いそうだ。


 完全に公認カップルって雰囲気じゃん……。


「それじゃ、僕たちも行こうか。瑠衣ちゃん」


「は、はいっ」


「僕に瑠衣ちゃんの可愛いところ、たくさん教えてね?」


 うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!


 何がッ! 可愛いところッ! たくさんッ! 教えてねッ? だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 その場で頭を掻きむしる俺。


 もう耐えられない。


 一刻も早く二人を引き離さないと。


 このまま黙ってたら、見たくないシーンをさらに見てしまうことになる。


「瑠衣ね――」


 って、いないし!


 隠れていたところから出て、瑠衣姉の名前を呼ぼうとしたのだが、既に二人の姿はない。


 マズい。


 頭を掻きむしってる時か?


 そのタイミングで二人ともどこかへ行ってしまったってことなのかよ。


「っ~……! くそっ!」


 俺は駆け出した。


 見失ったと言っても、目を離していたのは五秒とか、長くても十秒くらいのものだ。遠くになんて行ってないはず。


 でも待て。


 ここからすぐのところは、未成年が足を踏み入れちゃいけない禁則地。


 大人のラ●ホ街がある。


 そこに逃げ込まれたら最後だ。


 俺はもう、成す術なく二人が夜の街へ消えて行くのを見てるしかなくなる。


 それだけは絶対に避けないと。


「まずは……ラ●ホ街の近くまで……!」


 どこに行ったのかわからないので、とりあえずはラブホ街の入口をダッシュで目指す。


 もしもあのイケメンの皮を被ったド腐れ体育教師が、瑠衣姉の体のことだけしか考えてなければ、速攻でそこへ向かおうとするはずだから。


 走って俺もそこへ向かうことにした。そうすれば、必ず追い付けるはずだ。


「ハァ……ハァ……!」


 あのイケメン王子……! 淫行を働こうとしていたら、速攻で写真を撮って校内中にばらまいてやる。


 俺は本気だぞ……! 本気だ……!


「ハァ……ハァ……! ……ッ!」


 ――いた!


 瑠衣姉と、八女先生!


 あの野郎、やっぱり瑠衣姉のことを!


「待て! この淫行教師! 俺の瑠衣姉を――」


 ――って、ちょっと待て。あれ?


 ラ●ホ街へ入ろうとしていたのかと思ったけど、拍子抜け。


 奴は、瑠衣姉と一緒に、入り口付近にあったファミレスへと入って行く。


「……? ら……ラ●ホじゃないの……?」


 ダッシュのせいで溜まった疲労と、状況の訳わからなさによる混乱で、めまいがする。


 ふぁ……ふぁみれす……?


 ふぁみれすで……なにすんの……?


 疑問符が頭の上に浮かびまくる。


 でも、すぐにハッとした。


 何するかって、決まってる。


 あいつ、今から瑠衣姉を口説くつもりだ! 二人きりになれたから!


 ラ●ホとか、寝取られとかで、頭の中がピンクになってた。そうに決まってる!


「させるか! 淫行教師!」


 俺は高らかに叫び、ファミレスの中へ入って行くのだった。






●〇●〇●〇●






「いらっしゃいませー! お客様、何名様でしょうか~?」


 店内に入るや否や、待ってましたとばかりに女性店員さんが迎えてくれる。


 ここに入ったはずの淫行教師を討ちに来た!


 なんてことを叫ぶわけにもいかないので、とりあえず「一人です」と告げる。


「お一人様ですね、お好きな席にどうぞ」


 危ない。よかった。好きな席に座れて。


 こういう時、店員さんが指定する席に座ったりってパターンよくあるからな。


 今は瑠衣姉たちの近くに座りたい。


 自分で選べる感じじゃないと、それも難しかっただろう。


「……よし。じゃあ、さっそく瑠衣姉たちのいるところを探して……」


 ……と思ったけど、こんな時に便意。なんて間が悪い。


 落ち着いて盗聴もしたいし、瑠衣姉を連れて帰るのに、途中でトイレに行かせてくれ、なんてカッコが悪い。ここはもう、先に済ませておこう。


 トイレの方へ行き、扉を開ける。どうも男女兼用みたいだ。


「……ここだな」


 個室の扉も開け、中に入ろうと思う――


 ……のだが、そこにはとんでもない人物がいた。


「……ふぇ……?」


 頓狂な声。


 イケメンの王子様。


 俺の●したい淫行教師。


 そんな彼が、下ろしたズボンと、おパンツ……。


 女性モノのおパンツを下ろそうとしている状態で、そこにいたのだった。











【作者コメ】

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