第12話 瑠衣姉とそっくりな●●女優さん

「盗撮とは、撮影者による静かな闘争! 対象物へのたぎる想いをひた隠し、隠密に、そして確実に一枚へ納めなければならない戦いなのだ!」


 ホームルームが終わった教室。


 一限の準備や、クラスメイト達の会話でざわついている空間の中、友人である大丸が熱く拳を握って語り出した。


 俺と、もう一人の友人の麦丘はポカンとなる。


「……いきなり何言ってんだよ、慎太郎? また何か新しい大人向けビデオに感化されて新境地を拓いた感じか?」


 呆れたような表情で問いかける麦丘だけど……いやいや、と。


 こいつもこいつで質問の仕方がちょっとおかしい。


 教室の中、すぐそこには普通に女子たちもいるってのに、なに堂々と『大人向けビデオ』とか口走っちゃってるんだ。


 ツッコみたくなったけど、それこそ大きな声でまた返され、恥ずかしいワードを連呼されそうだったので抑える。


 俺は質問などせず、ただ黙って別のことを考えるようにした。


 さっきまで教壇に立ち、朝のホームルームを展開していた瑠衣姉の姿を思い出したりして。


 ……いや、でも盗撮といえば瑠衣姉か。結局、あれから瑠衣姉にはどういう気分で俺のことを盗撮してたのか聞いてないわけだし。


「さすがだな。鋭い推測だ麦丘。そして、正解だ麦丘。俺は昨日、オカズとして用いたAVで盗撮モノに魅了されてしまったのだ!」


「でかいって声が」


 さすがにこれくらいはツッコませてもらう。


 ほら、しかも予想通りだ。すぐそこにいた女子たちからドン引きの視線を頂戴してる。何も言ってない俺までゴミを見るような目で見られてるからな、大丸。


「バカ者。声がでかくなるのも当然であろうが。三代、お前にもすぐ教えてやるから安心しろ。盗撮モノの素晴らしさを」


「うん。わかったから少し声のボリューム抑えてくれるか? 俺、お前のせいで熱い風評被害受けてるよ、今」


「風評被害? 何を訳のわからないことを。大丈夫だ。俺はしっかりお前のツボも理解しているからな。三代が好きなのは歳上お姉さん系ジャンルであろう? これと盗撮モノを掛け合わせたブツを持って来ている。ほら、貸してやろう」


 ドヤ顔でメガネをクイッとさせ、机の傍に掛けていた自分のカバンから、恐ろしい肌色パッケージを俺に堂々と渡してくる大丸。


 近くにいた女子数人は、ガチトーンの「キッモ……」。


 俺、いったいどうしてこんな目に遭ってるんだろう。何も悪いことしてないのに。


「おいおいおい。ちょい待ちちょい待ち。慎太郎、このビデオに出てる女優さん青山先生そっくりじゃね? 本人? ってレベルじゃん」


 は……? 麦丘、今なんて……?


 女子たちからの冷ややかな視線に絶望してたせいで、ちゃんとパッケージを見てなかった。


 机の上に置かれているブツを見る。


「――!?」


 軽く尻が椅子から浮いたような気がする。


 麦丘の言う通りだ。パッケージに映されている女優さん、死ぬほど瑠衣姉にそっくり。本当に本人ですかってレベル。


「おぉ、さすがは麦丘だ。そこにも気付くとは。狙ったわけではなかったのだがな、俺も思わず本人なのではないかと思い、貴様らに共有した次第だ。そっくりだろう、青山嬢に」


「嬢とか言ってんじゃないよ! やめろよ、その呼び方!」


 血眼になり、反射的に声をでかくしてツッコんでしまう。


 これにはさすがの大丸も「む」と声を漏らし、驚いてた。


鼻息荒く突っかかり掛けてしまう俺を、麦丘が抑える形になる。「なにムキになってんだ、林太」と。


 ムキになるに決まってる。俺の想い人をそんなエロエロお姉さんに仕立て上げないでいただきたい!


「何だ、三代。俺はこれをお前が気に入ると思って持参してきたのだが、まさかの不満か」


「うるさいわ! 何が気に入るかと思って、だよ! そもそもここ学校だし、こんなもの持ってくんなっての!」


「そう言いながら回収はすんのな、林太」


「当たり前だろ!? 瑠衣ね……あ、青山先生にそっくりの女優さんとか、本人かどうなのかちゃんと確かめなきゃだし、これは俺が今日の夜しっかり確認してくる! で、明日お前に返すからな、大丸!」


「う、うむ……」


「くそ……! ほんとはこんなもの持って帰りたくなかったんだけどな! ったく!」


「素直じゃねぇなぁ……林太も」


「はい? 何か言ったか、麦丘?」


「いいえ。別に何も」


 顔を見合わせて「やれやれ」という仕草をする大丸と麦丘。


 それが微妙に気に食わないものの、まあ良しとした。


 とにかく、このビデオはちゃんと帰って確認しないと。本当に瑠衣姉じゃないかどうか。


「にしてもよ、林太に慎太郎。今日の瑠衣ちゃん先生も綺麗だったよなぁ~。そう思わねぇ?」


「なっ……!」


 気も抜かせてくれない。


 一難去ってまた一難。


 にへら、と下卑た笑みを浮かべながら言う麦丘に、思わず俺は苦い声を漏らしてしまう。


「うむ。わかる。わかるぞ、麦丘。知的で人当たりも良く、まさに完璧な大人の女性といった雰囲気だ。ああいったタイプほど乱れた姿も想像したくなる」


「お、おおお、大丸ぅ!」


 声を裏返らせてしまう俺。


 こいつという奴は。


 瑠衣姉のこと何も知らないくせにペラペラと!


「だよなぁ!? げへへ、瑠衣ちゃん先生、今彼氏とかいんのかなぁ?」


「わからんが、いるのではないか? 確か二十八歳だろう? 指輪は見受けられないから、結婚はしていないようだが」


「だったらよぉ、俺が想像するのはアレだぜ? 彼氏のいる瑠衣ちゃん先生が俺らみたいな生徒兼間男とグフフな関係になって、それで――」


 麦丘が何かを言い終える前に、俺は奴の肩を手で掴む。


 そして――


「やめろ?」


 一言。


 笑顔で言い放ってやった。


 聞き分けのいい友人で助かる。


 そこから、麦丘は瑠衣姉に対するゲスな発言をやめてくれた。






●〇●〇●〇●






「あぁぁ……疲れた……」


 放課後。


 一日を終え、俺は一人で廊下を歩いていた。


 瑠衣姉と違って働いてはいないものの、学生は学生でそれなりに苦労もある。


 課題や授業、あとは人間関係など(朝あんなことがあったので)、神経を割くことは何かと多い。疲れないこともないのだ。


 帰ってやらないといけないこともあるしな。……ビデオの確認とか。


「……瑠衣姉……」


 歩みを止め、ふとその名前をボソッと呟いてみる。


 窓から夕日が差し込んでいる廊下。


 先にも後ろにも人は誰も居なくて、聞こえてくる音といえば、グラウンドの方からする運動部の掛け声だけ。


 そのおかげか、俺の呟きも小さいもののはずなのに、そこではどこか大きなものとして聞こえた。


 誰かに聞かれてはいないよな?


 思わず不安になり、辺りを見回してみるものの、誰もいない。


 誰も……いない。


「っ……」


 魔が差した。


 人がいない場所。


 浮かぶ思い。


 それは、声に出さずにはいられなかったんだ。


「……一緒に……帰りたいな……瑠衣姉と……」


 フラッシュバックするのは、七歳の頃の記憶。


 まだ制服に身を包んでいた高校生の頃の瑠衣姉。


 俺は、そんな彼女と一緒に、ランドセルを背負ってよく一緒に帰っていた。


 今だと、俺の方が制服になっちゃうんだけど。


「……本当の恋人になれたら……きっと一緒に帰れるんだろうな……何も気にせず……」


 欲しいのに、手に入れられない願い。


 それが、皮肉にも俺の想いをより強くさせる。


 瑠衣姉。瑠衣姉。


 きっと今頃、仕事も終わり始めて、先生同士で飲み会に行く流れになってるんだろうな。


 どのお店に行くんだろ。


 気になる。


 瑠衣姉のすること成すこと、全部。


 ……なんか、ヤバいな……俺……。


 そんなことを考えている刹那だった。


 少し離れた前方で、タイムリー過ぎる声が聞こえてくる。


「……!」


 瑠衣姉だった。


 瑠衣姉が誰かと会話している。


 しかもそれは――


「ッッッ……!?」


 王子と形容され、女子たちから人気のある体育教師、八女春来やめはるき先生。


 八女先生と、瑠衣姉が楽し気に話しながら、空き教室から出てきたのだ。


「……う、嘘だろ……瑠衣姉……!?」


 あんなに男と話せないって俺に言ってたのに。


 スムーズに会話できる男は俺だけだって言ってたのに。


 笑顔を浮かべ、本当に楽しそうにしてる。


 そんな……そんな……!


「じゃあ、瑠衣ちゃん。今日は帰り、僕が家まで送って行きます。存分に飲んでください」


「ほ、本当ですか? う、嬉しいです。ありがとうございます」


「主役は瑠衣ちゃんなんですから、当然ですよ。僕に全部任せてください」


「は、はい……!」


 あ……あ……あぁぁ……。


 目をキラキラと輝かせ、嬉しそうにする瑠衣姉。


 俺は、廊下のくぼんだ部分に身を隠し、壁にもたれかかるようにして、自分の体を支えるしかなかった。


 何で……? どうして……? 瑠衣姉……。


 そんな折、スマホがバイブする。


 LIMEメッセージが来た。


 送り主は、なんと瑠衣姉のお母さん。




『りん君、今日は塾とかある? もしもあったら、ちょうど終わる時間に合わせて瑠衣と一緒に帰って来てくれない?』




 ……? どういうことだ?




『あの子ね、今日りん君の行ってる塾の近くで飲み会するらしいの。お店は、居酒屋のんべぇ。あそこだから』




 のんべぇ。


 のんべぇか。





『時間帯的にも、りん君の塾終わりと被りそうなんだけど、被らなかったら全然このお願いは無視してくれてもいいわ。おばさんの勝手なお願いだしね。ごめんなさい』




 可愛らしい猫スタンプで謝罪してくる瑠衣姉のお母さん。


 ……いや、瑠衣姉ママ。謝る必要なんてどこにもないです。


 塾は今日無いけど、これはチャンスだ。


 瑠衣姉と一緒に帰るチャンス。


 そして――




 瑠衣姉を八女先生から引き離すチャンスだ。











【作者コメ】

NTRではないのでご安心をw オモシレー展開というやつでどうか一つw

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