第9話 好きだし。もっと先のこと。
「それで!? そ、そのクローゼットの中にはいったい何が隠してあるの、瑠衣姉!?」
不意打ち。
思わぬ形で墓穴を掘り、それを食らってしまった俺は、恥ずかしさを誤魔化すかのように、布団にくるまってカタツムリ状態の瑠衣姉へ詰め寄る。
……が。
「り……りん君が『すき』って……私のこと……『すき』って……」
完全に自分の世界に入り込んでしまっているらしく、俺の声ももはや届いていない。
それじゃダメだ。
このまま瑠衣姉のことを放置すれば、俺は自分が本当に瑠衣姉へ『すき』と言ってしまったことになる。
事実だとしても、そいつを認めるわけにはいかない!
言ってしまったことも認めちゃダメだ!
「な、何言ってんの瑠衣姉! 俺、そんなこと言ってないよ! たまたま口パクで……そ、そう! 『寿司』って言ってただけ! 寿司食べたいなぁ、って!」
「絶対嘘! りん君、今私に『すき』って言った! お姉ちゃんの目に狂いは無かった!」
「ほ、本当だし! 何て考えてるでしょう、って問いかけだったから、それで俺は寿司が食べたくて『寿司』って言ったんだよ! 自分に自信持ち過ぎじゃないの、瑠衣姉!?」
「自信ならもちろんあるよ! だってお姉ちゃん、学校の先生になって生徒たちの口パクコミュニケーションとか散々目にしてきたんだから!」
「く……口パクコミュニケーション……?」
何だそれ……? いや、どういうものかは大体想像つくんだけど……。
「りん君、周りの子たちがやってるの見たことない? 授業中や休憩時間、すぐ傍に先生がいたりする時、声に出してその先生の噂話とかできないから、コソコソッと口パクでやり取りするの」
「そ、それはまあ……見たことない……ことも無いけど」
「私はそれをすごくたくさん見てきたし、何なら目の前でたくさんやられたことあるのっ!」
「え……? め、目の前で……?」
目の前でやられるって、瑠衣姉それもはやいじめか何かなんじゃ……?
「ちなみに、よく言われてるのが、『あの先生可愛い』とか、『マジで美人だよな』とか、『俺、狙っちゃおうかな♪』とか『チョロそうだしw』とかで――」
「は、はぁぁぁ!? 誰だそんなこと言ってる奴! 男!? 瑠衣姉、それ男ォ!?」
一瞬にして熱くなってしまう俺。
瑠衣姉のこと、簡単にわかったような口聞いてるんじゃない! あと、狙っちゃおうかな、とか気軽に言うな! ●すぞ!
「ふぇ……!? う、うん……言ってたのは男子生徒だけど……」
「許さん……! 瑠衣姉は絶対に俺が――って、ハッ! い、いやいや、そうじゃなく! る、瑠衣姉は男性恐怖症なところあるんだから、そんな連中の言うことなんかに絶対なびいちゃダメで……そ、その、き、傷付くことになるだけだから……」
本音と建前がごちゃ混ぜになり、もう何が何だかわからなくなる。
こんなの、いくら何でももう隠しようがない。
誤魔化してるけど、完全に気付かれちゃってる。
俺が、瑠衣姉のことを好きだって。
「……ふふっ」
現に、俺の様を見て、瑠衣姉は布団から顔を出してクスッと笑った。
もはや言い訳の余地がない。
「ありがとう、りん君。こんな時まで私のこと気遣ってくれて」
「っ~……。そ、そんなの……」
「でも、安心して? その後、男子生徒たちはなぜか決まって言うの。『そうは言ったって、ああいうタイプは行き遅れそうでもあるよな』とか、『都合のいい女最高~♪』とかってね……」
「あ……」
一転してしょんぼりと肩を落とす瑠衣姉。
何やら彼女のうしろにどんよりとしたオーラが見える。
「酷いよね……? 酷いと思わない……? 想像だとしても、言っていいことと悪いことくらいあるよ……。しかも、その想像は私の場合現実で、本当のことだし……」
「……」
「だからね、何が言いたいかというと……私は口パクにすごく敏感なんです。聞いた言葉が、どんな意味を指してたのか、察するのが得意」
「っ……! で、でも俺……!」
「うん。知ってる。知ってるよ。りん君が本当に言ったこと」
それは――
「『寿司』だよね。『寿司』。『すき』と見間違えしやすいけど、『寿司』」
「え……」
「それはそうだよ~。だって、二人きりとはいえ、今ここで大胆告白したら大変なことになっちゃうもん。【こんいんとどけ】で契約した意味が無くなっちゃう」
「る、瑠衣姉……」
「もちろん私はいつだってウェルカムだよ? 自分の男性に対する免疫は終わってるし、りん君しか無理だから、いつ捕まってもいいと思ってるもん」
瑠衣姉は手をワキワキさせて不審者っぽいポーズ。
目もらんらんと怪しい光を灯らせてる。相変わらずだ。
「けど、好きだから。大好きだから」
言って、瑠衣姉は被っていた布団から出てくる。
そして、ベッドも下りながら、俺の方へ近付き――
「だからこそ、りん君の想いも大切にしたい」
「っ……」
「捕まっちゃったら、こうしておうちで二人きりにもなれないし」
あの頃と一ミリだって変わっていない。
俺の頭を優しく撫でてくれながら、笑顔で言ってくれる瑠衣姉。
彼女は、今でも俺が好きだった『瑠衣お姉ちゃん』のままだ。
「お姉ちゃんは、あくまでもりん君からすれば、『無理に好意を押し付けてくるおばさん』だから。身の程はわきまえてるつもり」
違う。そんなこと――
「あははっ。何だか言ってることが色々矛盾しちゃってるんだけどね。もう訳わかんないや。はははっ」
自虐的にケラケラ笑う瑠衣姉。
でも、違ったから。
そうじゃないから。
俺は、ほとばしる想いのままに、彼女の体を前からそっと抱き締めた。
「っ……! ……り……りん……君……?」
抱き締めた瑠衣姉は、当然困惑の色を帯びた声を漏らす。
ギュッと、また少しだけ抱き締める力を強める。
離さない。
離したくない。
そんな想いをこれでもかというほどに込めて。
「……契約……だから……」
「……へ?」
「契約だから……! 仮だとしても、今は瑠衣姉と恋人っていう……!」
「……りん君……」
「恋人は……こういうこと……するもんだよね?」
「……ふぇ……?」
「彼女が間違ってること言ってたら……悲しいこと言ってたら……こうやって抱き締めて……『違うんだよ』って言ってあげるものだと思うから……」
なるべく冷静であるよう努めた。
でも、言葉の端々から漏れ出る想いは抑えきることができない。
地位や立場を無視して、本当のことを今すぐに伝えられたらどれだけ楽だろう。
俺は瑠衣姉が好きだ。
それは、たぶん彼女にも伝わってる。
けど、そいつを察したうえで、瑠衣姉は嘘をついた。
悲しい嘘をついてくれたんだ。
俺なんかのために。
「……仮恋人として……ってことにしといてくれる……?」
「……?」
「瑠衣姉。俺、瑠衣姉のことが大好き」
小さい時から、変わらず、ずっと。
歳が離れてたって関係ない。
「どんなにおかしなこと言っても、どんなに不審者っぽくても、キョドって気持ち悪くたって、瑠衣姉の全部が好き」
「……………………」
「これが俺の……気持ちだ」
言って、俺はまたさらに瑠衣姉のことを抱き締め直す。
顔は見ることができない。
今の状況で見つめ合えば、色々なタガが外れる。
それは俺もだけど、何より瑠衣姉だって。
「………………」
そうして、ハグし合ったまま無言の状態が続いて十秒ほど。
瑠衣姉の方から、鼻をスンスンさせる音が聞こえてくる。
「あ、あれ……? 瑠衣姉……?」
ハグから彼女を解放し、顔を見やると、大号泣。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった瑠衣姉がそこにいた。
「りっ……りんぐぅぅぅん!」
「のわぁぁっ!」
抱き着かれ、覆い被さられる。
完全に俺は床に押し倒された形。
「りん君……! りん君……! そ、そんな言葉……お姉ちゃん本当にもらっちゃっていいの……?」
「あ、あくまでも『仮恋人』として、だけどね?」
「っ……! い、いいよぉ~! それでもぉぉ~! うあぁぁぁぁぁぁ! しゅきぃ~! だいしゅきぃ~! お姉ちゃんもしゅきだよぉ~! りんぐぅぅぅん!」
「うぐっ……!」
覆い被さった状態でグリグリと頬を擦りつけられる。
瑠衣姉の涙が俺の頬にも結構付いた。冷たいはずなのに、暖かい。
やれやれだ。
俺は、されるがままの状態で、一人考えていた。
いつか、この言葉を本当の恋人になった状態で言って、その先まで行けたならば。
それ以上の幸福は無いと思う。
瑠衣姉はどんな顔するかな?
今よりももっと号泣?
ははっ。だとしたら脱水症状になりそう。
ていうか、今度は俺も泣いてそうだけど。
「瑠衣姉、あの、そろそろいい……?」
起き上がりたい。
固い床だし、直で接してる頭の方が痛くなってきた。
けど――
「……ハァ……ハァ……」
なぜか、馬乗りになって俺の胸に顔を埋めてる瑠衣姉の呼吸が荒くなってるのに気付く。
……これはまさか……。
「りん君……」
「……あっ……はい……」
ダメだ。
顔を上げて、すぐに悟る。
目が獣のそれだ。
ターゲットを目の前にした獣のそれ。
俺、食べられちゃう。
「恋人なら、って……今言ってくれてたよね……?」
「……っ……? え……?」
「だったら……恋人なら……もっと愛し合うこともするとお姉ちゃん思うんだ……」
「ぇ……」
お姉様が自らの服を脱ぎ脱ぎし始めました。
「仮恋人としてでいいの……」
「…………ぁ…………?」
あらわになるお姉様のどエッチ下着と、その内に秘められている大きな山。
「今日……ここで……お姉ちゃんと初めて……してくれる?」
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