第1話 憧れのお姉ちゃん
本当に、どうしてこうなったのか。
どう間違えれば、こんなことが起こるのか。
「……うーむ……」
朝のホームルームから時間は過ぎ、昼休み。
俺は、同じクラスの友人である
いつも通り会話も弾んでる。
弾んではいるのだが、俺の頭の中は一人の女性で埋め尽くされていた。
二人がべらべら喋ってる中、俺だけどこか上の空。
それを理解していたものの、辞めようとは思えず、ただボーっとしてる。
今はそれ以外のことを考えてる余裕がない。
全部瑠衣姉のことだ。瑠衣姉のことしか頭になかった。
「む? どしたよ、林太。俺たちが楽しい会話してる中、一人で箸くわえたままボーっとして」
「まったく、やめて欲しいものだな。誰も男が棒をくわえているところなど見たくないぞ? 勘弁しろ、三代」
言われ、俺はため息をつきながら口にくわえていた箸を手に取る。
で、とんでもないことを言い出す大丸をジト目で見やり、
「やめて欲しいのはこっちだっての。いきなり訳わかんない指摘してくんなよ。ほんっとに……」
「訳がわからんことはない。言った通りだ。俺にホモ趣味はない。男の娘趣味ならあるがな」
「はいはい。ニチャニチャ笑み浮かべてキモ性癖暴露しなくてもいいですから……」
メガネをクイッと上げながら不気味に笑う大丸へ釘を差す。
ほんと、こいつは色々と残念だ。
見た目はクール系のイケメンメガネ男子で、その容姿から女子人気はそこそこある。
なのに、趣味がエロゲとエロ同人誌漁りで、ところ構わず男の娘がどうだとか言い出すのだ。
今はたまたま空き教室に俺たち三人しかいないからいいけど、これで周りに他の生徒たちが大勢いたとしても、大丸の場合は変わらない。
前、五クラス合同の集合学習で視聴覚室にいた時も、
『三代。単刀直入に聞く。ツンデレ美少女のア●ルは強いと思うか。弱いと思うか。どっちだ。意見を聞かせろ』
なんてことを堂々と真顔で俺に訊いてきた。
四方八方に人がいて、俺たちの前後ろは女子が座ってたってのに。
言うまでもなくみんなドン引きだったよね。
俺の前に座ってた女子がプリントを渡してくる時、汚物を見るような目でこっちを睨んでたのは今でも忘れられない。本当に心にきた。
「いや、でも林太。今、
「……は?」
麦丘。こいつもこいつだ。
俺と童貞同盟を組んではいるけど、時折こうして訳のわからない不健全なことを言い始める。
「正確に言えば、男の娘の香りがする女の子が一番だな。俺の性的興味の方向はあくまで女の子だし、こう、何というか、男なのか女なのかどっちかわからないデンジャラスな感じがゾクゾクするっていうか。へへへ……w」
……き、キモい……。
何が「へへへ……w」だよ。
女子がここにいたら泣き出すレベルのキモさだよ……。
「ふふ。さすがは麦丘だな。わかっている。俺もそれが言いたかった。ガチの『男』の娘が好きだというわけではない。あくまでも男の『娘』が好きなんだ」
「よな! あのどっちなのかわからん感じ! くぅ~! もう、脱いでち●ち●付いてるのかおじさんに見せてみなさい! って言いたいよ!」
おじさんて……。俺たちまだ高校生だし、おじさんではないと思いたいが……?
「ああ! ああ! これはいわゆるガチャと同じだ! ち●ち●が付いていれば絶望! 付いていなければ……」
「うぉぁぁぁあああああ!」
「「デンジャラス!」」
こいつらは間違いなくバカだ。
意味不明なことで盛り上がって、声を重ねながらハイタッチしてる。付き合いきれない。
「ま、てなわけで、男の娘談義はまた後でするとしてさ」
しないって。そんなの。
「改めてどうしたんだよ林太? 飯中だってのにため息って。なんかあったか?」
麦丘は弁当の卵焼きを口の中へ放り込みながら問うてきた。
呆れていたが、俺は「いやぁ」と言葉を濁す。
正直に言えるわけがなかった。
幼い時に好きだった憧れの人が自分のクラスの担任になった。好きって想いを抑えてたのに、どうしていいかわからなくなってる、とか……。
「もしかして、アレか? 恋、とか」
「ブッ!」
麦丘の言葉を受け、飲んでいたお茶を吹き出してしまう。
大丸が悲鳴と共に席から立ち上がる。「汚いではないか!」とか言ってくるけど、咳き込んでしまってそれどころじゃない。
「む、麦丘……! い、いきなり何を……!?」
「はっはは! その動揺。ビンゴっぽいな。げへへ」
「っ……!」
くそ、こいつ……。
「で? で? 進級して新しいクラスになったばっかだけど、誰へ一目惚れした? 丹波さんか?」
「ち、違うよ!」
「じゃあ、
「それも違う!」
「え。なら誰だ? 他は特に目立つ子おらんが」
さりげなく酷いことを。
「案外大穴で担任だったりしてな」
「――!」
大丸が傍からボソッと言ってくる。
俺は椅子から転げ落ちてしまった。
「……え。林太……?」
「……あ。い、いや……その……」
言い訳したって遅い。
二人は顔を見合わせ、俺を見下ろしてくる。
ニヤッと笑いながら。
●〇●〇●〇●
それから、さらに時間は経ちまして、放課後。
夕陽が窓から差している廊下を一人で歩き、俺は相も変わらずため息をついていた。
「ちくしょう……」
結局、あの後麦丘と大丸からは散々バカにされた。
歳の差もあるし、俺たち童貞が担任を落とせるわけない。美人過ぎるし、と。
あれは絶対に結婚秒読みの彼氏がいる。
そんなことを麦丘は言ってたけど……。
……くっ……。
「はぁぁぁ……」
心の底から思う。
それだけは言うな、と。
でも、わかってはいるんだ。
瑠衣姉は今年で二十八のはずだし、あれだけ綺麗だったら他の男が放っておくはずがない。
麦丘の言う通り、イケメンで超ハイスペックの彼氏がいたって何ら不思議じゃないんだ。
「うぅぅ……」
どうなんだろう……?
彼氏、いるのかなぁ……?
いるよなぁ……。てか、久々の再会だったけど、今日一度だって俺と目を合わせてくれなかったし……。
俺のこと、もう忘れてるとか……?
瑠衣姉……。
「……っ……」
考えれば考えるほど卑屈になっていく。
肩も落ちていった。
このまま行くと地面にくっつきそうだ。
ただ、そんな折だった。
「……りん君?」
背後からする声。
昔から知っている、聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。
すぐにそっちへ振り返る。
「……る、瑠衣……姉……!」
そこには、憧れていた女性が立っていた。
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