第12話
菜穂と話をしていたよったんこと横井君と会うという話は、九月の半ばごろには実現することになった。
ただ、三人でというのも不自然なので、菜穂の大学の友だちである
菜穂の話だと、その友梨亜という子は菜穂がよったんと夢の国へ行ったときにいたメンバーではないが、すでによったんには会ったことがあるという。
前に友梨亜の彼氏と四人で食事をしたということだ。
つまりは、友里奈という子はフリーではないらしい。
だからこれがきっかけで俺とその友梨亜という子がどうのこうのなるなんて、そんな恋愛ドラマのようなことは起こり得ないことになる。
待ち合わせは菜穂が指定した駅の西口の、駅ビルに上がるエスカレーターの下だった。
菜穂が今住んでいるアパートがある市のターミナル駅だ。JR数線の接続駅で、私鉄と乗り換え駅ともなっているかなり巨大な駅であり、地下鉄も通っている。
平日の夕方というのにひっきりなしに人が通るエスカレーターの下は、たどり着くまでがやっとだった。
今ではもう慣れたが、高校を卒業して初めて関東に来た時は、駅が迷路であることや電車がすぐ来ることなどに加え、そのあまりの人の多さに閉口した。
しかも故郷では観光客は別として住民同士はたとえ見知らぬ人でも同じ町に暮らす住民同士というなにか連帯感を感じたものだ。
だが、都会ではそのようなことはなく、たとえどれほどおびただしい数の人が歩いていてもすべて自分とは全く関係のない赤の他人の集合体だった。
待ち合わせ場所では、すぐに菜穂の姿が見えた。菜穂との待ち合わせの時は、必ずといっていいほど菜穂の方が先に来ている。
そしてその隣にいる長身のイケメン、あれがよったんだろう。夢の国でのツーショットの写真で見たとおりだ。
「やあ」
俺は菜穂には簡単な挨拶をして、よったんを見た。よったんは気さくに笑い、頭を下げた。
「横井です。話はいつもにゃんごから、あ、菜穂から聞いてます」
よったんは菜穂のことを、にゃんごと呼んでいるらしい。
「そんなに僕のこと、話してるんの?」
俺も愛想笑いで、隣の菜穂をちらりと見た。続けてよったんは俺に言った。
「けっこういろいろと相談に乗ってくれるいい友だちだって」
「ああ、どうも」
まだなにかぎこちない。そんなときに、友梨亜が現れた。
「遅くなったあ」
そしてよったんを見て言う。
「この間はいろいろとどうも、楽しかった」
そして俺を見る。
「あ、はじめまして。一色友梨亜です」
「山本
彼氏がいるというだけでなく、まだ第一印象だけれども俺のタイプではない。
「じゃあ、行こうか」
よったんが促すので、四人で歩きだした。よったんについて行くと、すぐ近くの上へ上るエスカレーターとは別の、地下に降りるエスカレーターを下った。
行先は俺もすでに聞いているので、そのまま降りて行った。
菜穂とよったんはどう見てもカップルという感じだ。俺と友梨亜はまだ初対面だし、特に話をするでもなくその後ろをついて行っているという感じだった。
予約しているレストランまでは、電車で行くという。電車は地下から乗るが、地下街のちょっと向こうに改札がある市営地下鉄ではなく、同じ地下に改札があるが私鉄だ。
この部分は地下鉄のように地下を走っている。
四人はそれほど混んではいなかったけれど座らずに、ドアの脇に立った。俺は人見知りする方ではないけれど、さすがに何を話していいかわからず口か薄くなかった。
だから、菜穂は笑いながら俺の顔を覗き込む。
「ひろくん、どうしたの? 今日はやけにおとなしいじゃない」
「いや、緊張してて」
「そんな緊張することないですよ」
よったんも笑っている。
「前に会った時、健太も最初こんな感じだったよね」
友梨亜も笑う。どうやら健太というのが友梨亜の彼氏の名前らしい。
「でも、最後は打ち解けたじゃない」
菜穂も笑って言う。
「だってあいつ、根がチャラいから」
そんな話をしているうちに、五駅先の終点に着いた。駅の数は多いけれど駅と駅の間が短いのでかかった時間は十分弱くらいだ。
この鉄道は俺たちが乗ったターミナル駅の手前までは普通に地上を走ってくるけれど、ターミナル駅の直前で地下に潜り、そのあとは終点まで地下鉄状態だ。
終点も地下駅で、改札を出てから延々と地下通路を歩かされた。
そしてその途中の階段とエレベーターもある出口で、出たところの大通りを少し戻る形で歩いて、普通のオフィス街の中の道を進んだ。
そこまではよかったが、その道がぶつかった道をちょっと左に行ってすぐまた直進するあたりからものすごい人出となった。どう見ても県外からの観光客としか思えない多くの人びとで、歩くのもやっとなくらいにごった返している。
そんなところを人をかき分けるように、とにかく四人がはぐれないようにと気を使いながら進んだ。
もはやオフィス街ではなく周りの状況は一変していた。道の両側に中華料理のレストランがずっと並び、中華料理の食材の店などもある。
左側にあった公園には、中国によくあるような屋根と柱だけの八角形の東屋があったりする。
ふいによったんは右に曲がると言った。
ごく狭い路地だ。それでも両側にがぎっしりと中華レストランが続き、その色とりどりな光景は実にあでやかだ。
曲がっってすぐの右側は表に面した大きなレストランの側面で、その二件目が目当てのレストランのようだ。小さな店で、入り口の上は黄色い看板だ。駅から歩いて五、六分の距離だが、とにかく人がいっぱいで歩きにくかったのでもっと時間がかかった木がする。
このあたりの店は高いところは目の玉が飛び出るような高級店もあるということだけれど、よったんの話ではここは学生向けの穴場だという。
清潔な店内もかなり混んでいて、予約をしていなければ入れなかったかもしれない。
半個室の円卓などもあるが、おらたちは普通の四角いテーブルに座った。ここからガラス張り越しに厨房がよく見える。
料理は二時間食べ放題のバイキングだが、スマホのQRコードで注文する形のようだ。それぞれリクエストをよったんに伝え、よったんがまとめてオーダーしていた。
注文た料理が来るのは驚くほど速かった。まずは生ビールで乾杯ということになった。乾杯用に生ビール中ジョッキが一人一杯ずつ付くという。
だが、ビールはやはり最初の乾杯だけで、菜穂と友梨亜はソフトドリンクバーからウーロン茶を持ってきた。
そのドリンクバーに立つ前に、菜穂はジョッキの半分くらいしか飲んでなかったけど、よったんのジョッキが空になっているところに自分の残ったビールを注いだ。それがなんとも自然な行為に見えた。
普段は知らないけれど、今日は俺や友梨亜がいるのでよったんと菜穂の二人はここまで来るとき腕を組んだり手をつないだりはしていなかった。でも、こういうさりげない行為がやはり恋人同士なんだなと思ったりもした。
俺はビールの後はレモンサワーにした。生ビールの後もアルコールは飲み放題なのだ。お酒類は同じようにスマホで注文すれば席まで持ってきてくれる。よったんも菜穂のビールを飲んだ後はやはりサワーを注文していた。
最初は互いの大学の話などしていたけれど、すぐによったんから提案があった。
「敬語はやめよう、みんな大学は違っても同学年だから」
「私たちは同じ大学だけど」
菜穂と友梨亜が顔を見合わせて笑う。
「横井さんがそう言うなら」
俺も賛成だ。だがよったんはそれにも笑った。
「いつももう僕のことよったんって呼んでいるってにゃんごから聞いたよ。だからよったんでいいよ」
「じゃあ、俺も」
「うん、ひろくんだよね。にゃんごがいつもひろくん、ひろくんって話題に出すから」
俺は笑うしかなかった。
「ほかにもいろいろ聞かされてる。悠介、拓真、渉、雄大、優美、こころ、それににゃんごとひろくんで『ずっ友エイト』!」
「まいたなあ」
俺は照れて笑って菜穂を見た。
「まあ、ペラペラペラペラよくしゃべるなあ。それにしてっもよったんも、あいつらの名前まで全部すらすら言えるなんて」
「IQ高いかもよ」
菜穂が笑う。
「それにしてもなんかグループ名まで勝手につけられてる」
そうやって笑いながらも食事は進んだ。
「そういえば、菜穂の話だと」
さすがに俺は菜穂をにゃんごとは呼べない。
「そもそも夢の国行ったのが、よったんの友だちの一人と菜穂の友だちの一人をなんとかくっつけるためだったってことだったけど」
「ああ、あれね」
菜穂の方が先に答えた。
「結局うまくいかなかった」
「そっかぁ、すると……」
よったんと菜穂のカップルが誕生したのは、その副産物だったということだ。
「確かに結果的にはうまくいかなかったあの二人がこっそり連絡先交換していなければ、あるいはそもそもよったんたちのグループがあの日あの焼肉屋さんに来ないで別のお店に行っていたら」
「そう、俺たちは今こうして、ここでいっしょにいなかったってことだもんな」
よったんはそう言ってうなずく。
「確かに、どこに
俺はそんなことを言ってうなずいた。
そうして友梨亜も自分の彼氏との出会いのことを話したりして、盛り上がりつつ食事も終わった。
「いやあ、今日は楽しかった」
ゆったんも満足そうだ。
「ひろくんも思った通りにいい人だね。これからも、にゃんごともいい友だちいてやって。いや、にゃんごだけでなく俺とも」
「もちろん」
気さくで、明るく、そして何よりも自分の彼女の男友達という微妙な立場にいる俺のことを、警戒心も敵意もなくすんなりと自分の友だちとして受け入れてくれたよったんの心の広さに俺は打たれた。
「何かあったらにゃんごの相談にも乗ってほしいし、俺も相談するかもしれない」
そんな感じで俺とよったんは連絡先をその場で交換した。
料金は入店時によったんが店員にクーポンをスマホで提示していたので割引となり、一人四千円とちょっとだった。これで食べ放題飲み放題なのだからかなりリーズナブルだろう。
普段現金はあまり使わない俺もこのために用意してきた四千円ちょっとを現金でよったんに払い、友梨亜も払っていた。だが、菜穂の分はよったんが出すようで、しかもそれも自然の流れになっていた。
かつて俺がお寺の拝観料の五百円くらいを奢ろうとしたけれど、菜穂はかたくなに自分の分は自分で払っていたのを思い出す。
やはりよったんは本物の「彼氏」なんだと実感した。
ターミナル駅で別れて、俺はさらに私鉄で自分のアパートにほろ酔いで戻ったのは夜半近かった。
すると一通の封書が届いていた。
何かのDMでもなく、大学や役所からの事務的な通知でもなく、明らかにその角封筒は個人的手紙だ。
宛名も手書きである。
裏を見ると、名前は市村久実。
俺は首をかしげた。久実は今年の四月に関西方面に旅行に行ったとき、あるお寺でなんとなくなく知り合って連絡先交換した女の子。
一つ年下だ。だが住んでいるのは、俺の故郷よりもさらに遠いずっと西の地方だ。
もちろんしょっちゅうLINEは来たし、たまにはLINEのビデオ通話で話をしたこともあった。
だが内容は日常的な差しさわりのない話で、互いの近況報告が主だった。そんな女友達の一人である。
だが、そんなふうにいつもはLINEでやり取りしているだけの子から突然、しかも初めて封書の手紙が来た。
そういえばついこの間リアル住所聞いてきたから、何も考えずに教えたこともあったなあと思う。
俺は部屋に入ると、急いで封を切った。
便箋が一枚の手紙だった。
「ひろくん、突然こんな手紙でごめんなさい。
でも、LINEだとなんか軽すぎるような気がして……
ずっと好きでした
付き合ってください
遠距離じゃだめですか? 私は気にしません
久実」
俺は思わず胸が熱くなっていた……
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