第8話

 田舎の風景を見ながら歌という明るいカラオケ店だったけど、それでも三時間くらいは交代で歌っていた。

 ちょうど三時間が過ぎて、店の方からこれ以上の延長はできないと言われたので外に出た。

 まだ外は明るかったけれど、そろそろ夕闇も近づいてきている気配はあった。


「さて、これからどげすっか?」


 悠介が聞く。


「確かに。解散するにはまだ早いが」


「あのう」


 いつも明るくはきはきしている優美が、少しもじもじと言った。


「私たち三人、女の子だけでスイーツとかの店行ってもっと話したいなって」


「ええ? そりゃないよ」


 渉が不満そうな声を挙げた。


「ま、しょうがない。また、正月には集まろう」


 悠介がそれを牽制した。


「ごめんなさい」


 優美が代表して謝った。


「で、どのへん行くん?」


 悠介が聞く。


「駅の方かな? 駅だったらここからでも歩いて行けるけん」


「だったら、駅で降ろすよ」


 悠介がそう言うので、元の通りに全員が二台の車に乗った。

 車なら駅まであっという間だ。

 バスターミナルがある方の駅の表口になる北口の近くはオフィスビルやホテル、銀行などがほとんどで飲食街はない。それでも居酒屋や彼女たちがお目当てのようなスイーツのおしゃれなカフェとかもないことはなかった。


 彼女らを下ろした後、俺たちはこれからどうするかということになった。全員車から降りて、輪になって立ったまま話した。


「このまま解散もつまらんしな」


 雄大がつぶやく。拓真がうなずく。


「男だけ残ったけん、俺らで飲むのも初めてだども飲みに行こ」


「みんな二十歳越えてるかね?」


 悠介が尋ねると、全員うなずいた。


「たしか優美とこころが誕生日まだだけん、あの二人はまだ十九だなあ」


 俺がそう言うと、悠介がうなずいた。


「じゃあ、いなくなってくれてちょうどよかっただ。それでどこに」


「でも、待って」


 俺は悠介が何か言いたそうなのを手で制した。


「運転する人が二人もおるけん、飲み会はどげなもんかね」


「ああ」


 言われて渉と雄大も悠介と渉を見た。だが、悠介は余裕で笑っていた。


「それ気にせんで。だいじょうぶだけん」


「え? 飲まんの?」


 雄大に尋ねられて、悠介は首を横に振った。


「飲むよ。もちろん。このメンバーで初めてだしな」


「車置いてくるん? それも大儀だが」


 拓真が心配そうに言っても、悠介は笑って首を横に振った。


「いや。このまま車で行こう」


 俺は慌てて言った。


「飲酒運転はいけん! 絶対に!」


「そんなことはせん」


 悠介はまだ笑っている。


「ちゃんと合法的に、飲んだ後でも車で帰れるシステムがああけん、心配せんでいいがね。とにかく行こう。わしが適当な店見つけたらそこに車を停めるけん、渉もついてきないな」


「おお」


 女子がいなくなった分少しすかすかになった車二台で、とりあえず発進した。

 駅前の大通りを西に向かってすぐ二つ目の信号まで来た。ここを左折してJRの線路のガードをくぐると俺の家の方へ行く。

 だが、悠介は反対側へと右折した。

 この町で暮らしていたのはお酒が飲めない十八歳までだったのだが、この先がいわゆる飲み屋街であることくらいはさすがに知っている。

 道の両側の歩道の上にだけ、アーケードがついていた。

 だがその奥の方へは行かず、信号待ちしている時に見つけた焼き鳥屋の看板が右折したすぐ左側にあったので、ゆっくりと車は進み、その前で停まった。

 暖簾は出ている。

 しかもその隣に車が二、三台止められる駐車スペースがあって、その焼き鳥屋をはじめ近隣のいくつかの居酒屋やスナックの名前の看板が立っていた。

 それらの合同駐車場のようだ。


「飲み屋に駐車場?」


 俺はなんだか不思議な気分だった。

 その駐車スペースに車を停め、五人で暖簾をくぐった。

 店内は和風仕様だけれども古めかしくはなく、明るくモダンな雰囲気も醸し出されていた。

 感じのいい店員が案内してくれたが、基本は予約制で、今はたまたま空いているのでいいが時間が遅くなると予約の客が入ってくるのでそれほど長い時間はいられないという説明を受けた。

 店内はカウンター席をはじめテーブル席、ソファーがテーブルを囲んでいるボックス席、そして掘りごたつ形式の座敷もあった。


 俺たちはテーブル席に着いた。

 二十歳の誕生日を迎えてからそこそこに大学の友人と飲みに行ったりもしていた俺だが、なにしろ故郷の地元で飲むのは初めてだから少し緊張していた。

 まずはそれぞれ好みのサワーやチューハイを頼み、焼き鳥屋つくねを中心にいろいろな料理を注文した。メニューはかなり豊富だった。


「久しぶりの故郷に乾杯!」


 悠介の音頭で、グラスが重なり合う音がした。

 それからは高校時代の思い出話、互いの今の暮らしの話などに花が咲いた。だがやはり女子がいないということで、話題の中心は女性関係の近況報告だ。

 しかしながらそっちの面では、はっきり言ってみんなぱっとしないようだった。


 俺にも話が振られた。女性の友だちはそこそこいるけれど、なにしろ今の気持ちは菜穂一筋の俺だ。だが、もちろんそのことは完全にここでは封印していた。

 菜穂と時々会って二人で遊びに行っていることも秘密だ。

 だから同じ大学の学生や旅先で知り合った女性など、数人の女友達の話でごまかした。

 だが菜穂も今は、そういった女友達たちの中の一人にすぎなのも現状だった。


 やがて酔いも回ったころ店員が申し訳なさそうに、そろそろ予約の客が来る時間になるからと退店を促してきた。

 俺はさんざん飲んでいた悠介や渉はどうやって帰るのか、車はどうするかと気になっていたが、悠介はスマホを操作し始めた。


「そういえばなんか合法的に車で帰るシステムがあるとか言うてたが?」


 俺が聞くと、悠介はにやりと笑った。


「今、代行を頼んだ」


「え? 代行? なにそれ?」


「運転代行」


 聞くと、地方都市では車で飲みに行って、その運転代行を利用して帰るのが常識になっているらしい。

 呼ぶと乗務員二人が車でやってきて、そのうちの一人が呼んだ客の車を代わりに運転して自宅まで送り届け、着いたら一緒に走ってきた車に乗って帰っていくというそんなサービスだそうだ。


「そんなああだか。知らんかった」


 俺だけでなく、雄大も知らないと言った。拓真だけは何となく聞いたことがあるとのことだ。


「わしも知らんかったけど、高校時代にお盆や正月に親戚が集まっての飲み会がああて、わしら家族を乗せて車運転して帰らにゃいけんはずの親父ががぶがぶ飲んじょうけん、心配して聞いたらこげなもんがああだって聞かせてくれたに」


「そげかや」


「田舎じゃ常識っていうたども、大阪に東京にもああだよ。ただ、あんまり使う人多くないみたいだがな」


「それで知らんかったんか」


「都会だと飲みに行くからって車を置いて行けるけど、田舎じゃ飲みに行くにも車でないと行かれんって人多いけん、そんで都会よりも田舎の方が代行が流行はやっちょうだな。わしの推測だけんど」


 そんな話をしているうちに、代行が到着したと店の人が知らせてくれた。

 それを利用して悠介と渉は帰る。

 俺もまだバスがある時間だったし、雄大や拓真もバスで帰れるとのことだった。


 俺たちは悠介たちの車の脇で、次の正月での再会を約して別れた。

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