第7話

 そのショッピングモールは駅の東側にある。車なら五、六分で着くだろう。

 全国展開しているので、どこの町にでもある有名な巨大ショッピングセンターだ

 朝夕ならともかく平日のこの時間、市内はどこに行っても道はがらがらだ。車が少ないだけでなく、とにかく人がいない。

 そのことは寂れているというよりも、むしろ落ち着いた雰囲気を醸し出しているから不思議だ。

 広大な敷地面積に、その巨大な建物はあった。都会なら都心部ではなく、ちょっとした郊外に行かなければなさそうな規模だ。それが市のターミナル駅のすぐそば、歩いても十分くらいのところにある。

 さすがに俺の家からは歩いて行けないし自転車でも厳しく、バスで行くことになるので高校時代はそう頻繁には来たことはなかった。


 建物は二階建てだが一階がグルメフロアになっていて、中へ入るとすぐにファミレスは見つかった。一軒はこの地方特有のファミレスのようで関東では見たことがないし、その名前も聞いたことはなかった。

 もう一軒は全国チェーンの、関東でも関西でもどこにでも日本中にあるイタリア料理のファミレスだ。最近は海外進出もしているらしい。

 だがこの店が、このショッピングモールの中にあった記憶はない。最近できたようだ。


「こっちにしよう」


 雄大が指さしたのは、この地方限定のファミレスの方だった。


「そっちはどこにでもあって、関西にもああが」


「たしかに、新鮮味がないな」


 俺もうなずく、実際その全国チェーン店の方が俺の下宿のアパートのそばにもあって、しょっちゅう使っている。なにしろ安いのが魅力だ。もちろん味もいい。


「やっぱ地元に帰ったら地元の店だがね」


 地元の店といってもメニューなどは普通の洋食ファミレスで、地元の特徴はないのだがこれで決まった。

 店内はすいていた。なにしろ町にあれだけ人がいないのだ。このショッピングモールも人が多くなくて落ち着ける様子だった。


 そういえば母から聞いたが、俺が生まれる前にこのショッピングモールができた時には、初めてこんな大きなショッピングセンターがこの町にもできたということで、人が少ないこの町にもこんなに人がいたのかと思うくらい大勢が押しかけて、なんと入店するのに行列だったそうだ。


 店内の雰囲気は、もう一つの全国チェーンの店とあまり変わらない。緑色のロングソファと個別の椅子でテーブルをはさむ一角に俺たちは落ち着いた。

 イタリア料理のもう一つの店と違うところは、洋食だけでなく和食のメニューも豊富だったことだ。

 だが結局、皆パスタやオムライス、ハンバーグなどをそれぞれに注文していた。

 ドリンクバーはないようだが、すべての料理に一杯だけソフトドリンクが無料でサービスだという。


 なにしろ昔の仲間が集まったのだ。ここに来るまで俺は皆それぞれと話をしたものだが、ふと気づいた。

 故意にではないけれど、どうも俺は菜穂にだけは話しかけていないような気がする。菜穂もあまり俺に話しかけてこない。避けているとかそういうのではなくて、二人ともなんか互いに意識してしまっているようだ。

 優美、菜穂、こころの順で女子がソファー側に座り、その隣が悠介だった。その悠介のテーブルをはさんだ向かい側の個別椅子に俺は座ったので、菜穂とは座る場所も離れていた。

 優美は細身でロングヘア―だが、女子にしてはわりと背が高い。こころは少し内向的な感じがする。


 飲み物だけはわりとすぐに来た。


「なあ、雄大たち関西組はそろそろバリバリの関西弁になってるんかと思ってたども、そげなことないなあ」


 拓真が何気に言った。


「そんなわけあるかね」


 雄大が笑う。


「そんな似非えせ関西弁使ったら、関西の地元の友だちは嫌がるけん」


「みんなそれぞれ地元に友だちできとるんね。いいなあ」


 こころがつぶやく。ちょっと内向的なこころは、たぶん今の大学では友だちはできていないのだろうかといぶかってしまうけど、俺はそれは言わなかった。


「関西っていえば映画の国、行きたいなあ」


 拓真がつぶやくと、優美が軽く手を挙げた。


「映画の国、行った。大学の友だちと」


「いいなあ」


 拓真ではなく、同じ関西のはずの雄大が言う。


「俺、まだ行ったことなあが」


「俺も」


 渉も同調する。拓真が意外な顔をする。


「大学に友だちおっても、男だけで行ってもしょうもないがね」


 渉の言葉に拓真が関西組四人を手で示す。


「この四人で行けばええが。優美もおるし」


「私はもう大学の友だちと行ったけん」


「だったら、この三人の中の誰かとカップルで」


 拓真の言葉を優美は笑顔で遮った。


「そういうのは、なし。私たちこの仲間で友だちなんだけん」


 そして隣の菜穂を見る。


「なあ」


 同調を求められた菜穂も笑顔でうなずく。それを見て、少しだけ俺の心が痛んだ。


「でもいいなあ。俺なんか最初は周りに同じ地元からの友だちが一人もおらんけん、めっちゃ孤独だったが」


 拓真の言葉にその向かい側のこころがうなずく。


「私なんか、今でも孤独。でも、四人は時々会ったりしてるんでしょ?」


「いやいやいや」


 雄大と悠介がほぼ同時に言った。


「わしら最初の頃は別として、最近は今回ここで久しぶりにうたがね」


 悠介の言葉に雄大も渉も、そして優美もうなずいていた。

 そして悠介が目の前の俺と菜穂を交互に見た。


「関東勢は? 時々会うたりしてるん?」


 俺と菜穂は目を合わせた。俺たちがけっこうしょっちゅう二人で遊びに出かけていることは、彼らには全く言っていない。

 その時、うまい具合に注文した料理がそれぞれ届き始めた。


「ねえねえねえねえ、映画の国っていえば、」


 菜穂は突然話題を変えた。


「私も行ったに」


「映画の国?」


 優美が驚いたような顔で菜穂を見る。菜穂は笑って首を横に振った。


「違う、違う。関西が映画の国なら関東は夢の国」


 菜穂はスマホを出して、夢の国に行ってきた時の画像をみんなに見せ始めた。話を戻すことでうまく話をそらしたことになる。


「ああ、いいなあ」


 最初にそのスマホをのぞきこんだ優美が声を挙げた。皆身を乗り出して菜穂のスマホをのぞく。


「みんな大学の友だち?」


 こころが画像に写っている菜穂の友だちを見て聞く。


「うん」


「男子もいるんだ」


「いや、実はね」


 菜穂は俺にも話したその男子たちとのいきさつを、みんなにも話した。


「なにこのイケメンとツーショット」


 優美の声に俺は反応する。前に俺に送ってきた画像だ。


「見て、この菜穂のにやけた顔」


 優美がスマホを渉や雄大たちにも見せた。拓真や悠介も身を乗り出して見ている。最後にこころものぞき込んだ。


「とにかくほら、食事しよう」


 俺はみんなを促した。すでに全員の料理は運ばれてきていた。

 食事をしながらも、菜穂が話題をさらっていった。夢の国よりも、そこへいっしょに行った男子たちの話でもちきりだ。


「夢の国に行くときはみんなで車で行ったけど、人数半端でこの横井さんの車に」


「横井さんって?」


 菜穂の説明を遮ってこころが尋ねたけれど、菜穂が答える先に優美がにやりと笑った。


「このツーショットの人かね」


「あたり!」


 なんだか菜穂は嬉しそうだ。


「それで横井さんの車に私だけが乗って、行きも帰りもずっと二人きり」


「連絡先は?」


「もちろん交換したよ。なんかすっかりお友だちになったに」


 俺がもうこっちへ戻ってきていた後に、菜穂はそんな日々を送っていたのだ。それについては、ここでは何もコメントできないのがもどかしかった。

 俺だけでなく男性陣はあまり口をはさめないような状況になって、ガールズトークは続いていた。


 食事のあとはカラオケに行こうということになり、いちばん近いカラオケ屋を検索するとこのショッピングモールとはJRの線路をはさんだすぐ向こうにあるのを発見した。

 行ってみるとこぢんまりとした小さな建物で、一階がコインランドリーだった。

 二階のカラオケボックスに入ると、部屋は綺麗だったが驚いたことにモニターが横並びに二つあった。

 それよりも何よりも一面の壁には大きく窓があり、外の景色がよく見える。

 目の前は大きな川が横たわり、その向こうの緑の山と田園風景が広がっていて、景色は悪くない。

 だがまだ明るい時間だし、照明を落とすこともできないこのガンガンの明るさの中で歌わなければならない。

 やはり都会とは違うなと実感した。

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