第6話
菜穂もようやく帰省したということで、また例の仲良しメンバーにLINEしてみた。まだ帰省していなかったメンバーも、ちょうど菜穂と同時くらいにみんなそろったようだ。
待ち合わせは誰かが遅れても涼しく待てるところということで、バス停から昔通っていた高校へと曲がる角にあったスーパーでということになった。
俺の実家から歩いてすぐのところに、いかにも地方都市ならではという感じの巨大スーパーがあってそれに比べるとかなり小ぶりな店だ。
学校帰りによくここに寄り道をした。
俺は実家付近のバス停からバスで向かった。高校時代は自転車通学だったので、このバスには駅の方へ行くとき以外はあまり乗ったことがない。
高校を卒業した時点ですぐに免許はとったけれど、車がない。家の車は父と兄が通勤に使っているから借りられない。
そこでバスに乗ったわけだが、バスでも10分くらいの距離だ。自転車で通っていた頃は15分から20分はかかっていた。
バスの時間はスマホで調べて行ったからいいようなものの、今は平日昼間だと一時間に二本くらいしかなくなっている。昔はもっとあったような気がする。
待ち合わせのスーパーに入って中に入ると、ふっと安心するような冷却された空気に包まれる。
俺はそう広くはない店内を見回し、知っている顔を探した。約束の時間の五分前くらいだ。もっと早く来てもよかったのだが、バスのダイヤのせいでこうなってしまった。
やっと一人見つけた。関西の大学に行っている門脇雄大だ。
俺が声をかけると、雄大の顔はぱっと輝いた。
「たいよう、久しぶりだなあ」
「元気しちょうか」
「ああ」
俺の名前は「太陽」と書いて「ひろあき」と読むのだが、高校時代の仲間の間では「たいよう」というニックネームで通っている。
大学の友人はみんな名字呼びだ。
そんなやり取りをしているうちに、
変わったなあという言葉はあまりない。正月にも集まっているからだ。
しばらく立ち話をしているところに野津優美と、そして菜穂が俺たちを見つけた。
菜穂の笑顔でぱっと空気が明るくなったような気がするが、高校時代へのタイムリープに浸っていた俺にとって菜穂によって日常の現実に引き戻されたような感じもわずかながらあった。
だが、その顔を見たとたんに思わず胸が高鳴りだしたのも事実だ。
「あとは?」
渉がきょろきょろしながら言う。
「悠介とこころ」
拓真がそう言っているところへまず石倉こころが、そして最後に伊藤悠介が現れた。
「悪い。遅くなった。で、わし、車で来ちょうけん何人か乗せられるけど」
「え? 買ったんかね」
拓真が聞くと、悠介は首を横に振った。
「いやあ、おふくろの車借りてきた」
「あ、俺も車」
渉が言った。
まずは、せっかく学校の近くで待ち合わせたのだからと、通っていた高校へあいさつに顔を出すことになった。
学校まではここから歩いても五、六分なのだが、とにかく暑いので車で来た二人が全員を乗せていくと提案した。
車は二台、総勢八人なので四人ずつ別れればちょうどだ。
悠介の赤い車に俺と雄大、こころが、そして渉の白いボックスカーには拓真、そして優美と菜穂が乗り込んだ。
学校に顔を出すのは去年の夏以来だ。正月は学校が閉まっているので行かれなかった。
ほかの学校では夏休みもお盆のころ以外は先生たち全員が普通に出勤しているところも多いようだけど、うちの学校は部活の顧問や日直の先生以外は夏休みはほとんどいない。前に聞いた話だと、休んでいるわけではなくあくまで自宅研修という名目だそうだ。
学校に着いて、生徒だった頃は入ったこともない教職員専用入口から入った。受付にいた顔なじみのおばさんの小山さんに俺たちが雁首揃えて挨拶をすると、とても喜んでいた。
「あぇけ、みんな帰ってきたがね。はや入りないな」
遠慮なく来客用のスリッパに履き替えて、俺たちは階段を上って職員室に入った。
中は閑散としていた。俺たちに気づいてぱっと顔を輝かせて立ち上がったのは、理科の吉井先生だった。すぐに席を立って俺たちの方へ歩いてきた。
「まあ、座れ」
今日は出勤してきていない先生たちの席の椅子をそれぞれ引っ張ってきて、吉井先生の席を囲むように俺たちは座った。
「おお、みんなどげしちょうか」
「はい、元気にしちょうです」
雄大が代表して答えた。
「みんな、大学はどこに行ったんだっけか」
それぞれが今通っている大学名を言う。関東勢は俺と菜穂だけ。雄大と渉、悠介、優美は関西圏。こころと拓真は同じ地方のそれぞれ別の他県の大学だ。
「みんなばらばらか」
「はい」
「久しぶりに会って、みんなも互いに懐かしいだろ」
しばらくはそんな近況を報告し合う感じだった。
「学校の方はどげですか?」
俺が聞いてみた。
「どげもこげもあんたらがいたころと変わらんがぁ。同じような感じでやっちょう」
先生は笑った。
仕事の手を止めて、そんなふうに吉井先生は俺たちとの話に付き合ってくれる。途中で音楽の背の高い梶井先生も顔を出した。
「あ、カジちゃん」
優美が思わず声をあげてから、慌てて自分の口を押さえていた。
高校時代、生徒の間では普通にそう呼んでいた梶井先生のあだ名だが、本人に直接言ったのは初めてだ。
優美のそのしぐさにみんな笑った。
「はーい、カジちゃんで~す」
梶井先生もおどけて言うので、さらにみんなの笑い声が高くなった。
「男子は変わらんだども、女子は変わるなあ。いっちょまえに化粧なんかしちょうがぁ」
そう言って梶井先生も笑わせてくる。
あまり長居して仕事の邪魔になってはいけないと、俺たちは早々に切り上げた。
外に出ると、部活が終わって帰る生徒たちの群れとぶつかった。
猛暑のせいで部活同も午前と午後に分けているようだ。
今の生徒たちは、俺たちが高三の時に高一だった生徒が高三だ。ぞろぞろ校門を出て行っている生徒のほとんどが高一と高二なので、後輩とはいえ俺たちとは面識がない。
なにしろ小さな学校なので全校生徒が顔見知りで高三の生徒は知っているけれど、七月の大会で引退してこの時期の部活には参加していないだろう。
俺たちの二台の車はそんん後輩たちをかき分けて、細い道を走って表通りに出た。
学校はあとにしたけれど、行先を決めなければならない。
ちょうど昼時なので昼食を一緒にということにはなっていたけれど、どこへというのはまだ決めていないのだ。
俺たちはとりあえず、集合した例のスーパーの駐車場に戻った。
もう一台の運転手の拓真だけが降りてきて、こっちに来た。悠介は運転席のサイドウインドウを下げた。
「どげすっかあ。どっかいい店あるかね」
悠介も、そしてその車に同乗している俺たちもみな首をかしげた。
「ファミレスがいいでしょ」
助手席のこころが言う。
「たしかに。これだけの人数が入れるっていうたらファミレスだがね」
俺の隣の雄大がうなずいたけれど、ウインドウをのぞき込みながら拓真はまだ首をかしげている。
「でもこの近くに、ファミレスなんてああだか?」
「知らん」
悠介が言う。こころも首をかしげている。俺も知らない。
地元民であるはずの俺たちが、学校近くのファミレスも知らない。そういえば都会の高校生のように学校帰りにみんなでファミレスでたむろなんて経験は、俺たちにはない。
「いや、ないよ」
雄大の言う通りだ。なにしろ俺たちは高校時代は、自転車で行かれるところだけが行動範囲だった。その範囲にファミレスなどあったという記憶はない。
「向こうのみんなはどげ言うちょう?」
「任せるって」
「ショッピングモールまで行けばなんかああが」
「それだ」
拓真が指を鳴らした。
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