第5話
わが山本家がそろっての、久々の家族での食卓だ。
兄と両親、そして祖母が一堂にテーブルを囲んでいる。
やはり、母の手料理はいい。
「
母のハンバーグが絶妙でそれを褒めたら、すぐにそんな言葉が返ってくる。
「まあ、なんとか食っちょう」
「自分で作って?」
「うん、ま、まあ」
もちろん嘘である。
「
兄も加わってくる。
「ある……ことはある。お湯沸かして、ラーメンくらいなら自炊もしちょうがね」
「そげなもん、自炊とはいわんが」
兄が笑う。父が口をはさむ。
「大学の方はどげかね。単位はとれちょうか?」
「まあ、なんとか」
祖母も話に入ってきた。
「
祖母の言葉は訛りがきつく、地元民の俺でさえよくわからないことがある。それでもここに住んでた頃は何とかコミュニケーションは成り立っていたが、しばらく関東にいて帰ってきたばかりの俺にとっては厳しいところがあった。
だから、祖母の言葉は適当に流して、俺は父を見た。
「ニュースでは豪雨がひどかったって聞いたけど、このあたりは大事なかったんかね?」
「ありゃあひどかったな。今月の上旬ごろ、いやもう先月か。三週間くらい前だったかね」
母がため息交じりに言う。
「観測史上最大の大雨言うてた」
「ここらは高台だけん大事なかあたども」
父が話に入る。
「ひどかったんは川の北側のお城の裏手あたりだっだがね。道は冠水して、床下浸水もああたとか。腰くらいまで水に浸かって歩いちょう人の映像もニュースで流れちょったが」
「そげかや、そりゃあ難儀だったな」
「おまえも心配して電話くれだどもな」
たしかに俺も自分の故郷が大雨ですごいことになっているらしいとニュースで見て、慌てて電話したものだった。
「まあ、俺のいるところでも、最近は昼間晴れてて猛暑でも毎日夕方には雷雨がああけん大儀だがね」
そんな話をしながらの食事も終え、俺は二階の自室に入った。俺がいない間も部屋はそのままにしてくれている。今の下宿に持って行ったもの以外は、高校時代のままなので、なんだかタイムリープした気持ちだ。
俺は窓を開けてみた。
気候は関東と変わりなく、かなり暑い。夜風がすっと入ってくるけれど、それほど涼しくは感じなかった。だが、昼間の猛暑よりはましだ。
今は夜だからわからないけど高台の上のこの住宅地は見晴らしがよく、市街地も終えて横たわる緑の山の手前に田んぼが広がる光景も見えるはずだ。
今は何も見えない。
代わりに目に入ったのは、その山のあたりの上の空の満天の星だった。
これは感動ものだ。
高校時代までは見慣れていたはずの、空一面に散りばめられた数々の宝石。ちょうど月がない頃なので、ぎっしりと宝石は夜空いっぱいに敷き詰められている。
まるでプラネタリウムだ。
高校時代までは星空というとこれが当たり前だと思っていた。それが実は当たり前ではなかったと、都会に出てはじめて知った。
都会では決して見ることのできない天の川とも、久々の再会だった。
俺はとりあえず無事着いたと、菜穂にLINEした。
菜穂もすぐに帰るから待っててという感じだ。
菜穂はわりとすぐに既読がついて返事が来るけれども、リレーは続かない。
一回か二回やり取りしてすぐスタンプだ。
それから、高校時代の菜穂も含めての仲良しメンバーのLINEグループに、帰省した旨のメッセージを送った。
このLINEグループは高校時代にすでに作っていたけれど、卒業してみんなそれぞれの道に進んでからはあまり使わなくなった。それでもそのまま残っていて、こういう時になってやっとまた活躍したりする。
グループ名は「ずっ友」だ。
高校を卒業してからもこの町に残っている人は誰もいない。関東の大学に進学したのは俺と菜穂だけで、あとのみんなは関西圏か、同じ地方の他県の都市の大学に進んでいた。
もう帰省してきている人もいれば、まだ進学先の大学のある町にいる人もいた。
みんなで集まろうということになったが、やはり全員が帰省してきてからにしようということで話はついた。
それから二、三日は近所を散歩する程度で、ほとんど部屋でごろごろしていた。出歩くと暑いので、冷房の効いた部屋にいた方が楽だからだ。
家族も帰省当日は俺のことをお客様扱いでわいわい騒いでくれたが、もう翌日からは俺をおいて皆それぞれの日常に戻っていた。
四日くらいたったころ、菜穂から画像が送られてきた。
この日、菜穂は前に話していた夢の国に行って来たらしい。
この夢の国のねずみのキャラクター…そのキャラクターの熱烈なファンの人はねずみというと怒るのだが…、そのキャラクターの耳を頭につけて楽しんでいる菜穂の単身の画像のほか、大学の友人と思われる女の子たちと、この間話していた男子大学生たちといっしょに写っている写真もあった。
菜穂の大学の友だちとは、俺は誰とも会ったことはない。だが、写真で見る限りその中で菜穂がいちばんかわいかった。
ただ気になったのは、いっしょに行った男子大学生の中の一人と思われる男と菜穂とのツーショット写真もあったことである。
決してチャラそうではなくまじめな感じの男の子で好感が持てそうな人だが、それが菜穂と楽しそうに二人きりで写っているのがなんだかなあという感じだった。
俺の大学の友だちでは、一人だけ菜穂と会ったことがあるやつがいる。
前に菜穂とイギリスの有名映画の舞台を再現したスタジオパークに行った後、そのすぐそばに住んでいる北条という友だちに「俺の彼女に会わせてやるよ」と言って呼び出した。
そのスタジオパークの入り口近くのカレー屋で菜穂と玉子カレーを食べている時に、北条は現れた。
しばらく三人で話しているうちに、北条が何気なく言った。
「藤原さんって山本の彼女なんですか? 本当はただの友だちでは?」
「彼女だよ!」
俺が意気込んでそう答えたのと重ねるように、菜穂は笑顔で言った。
「友だちです!」
顔こそ笑顔であったけれど、菜穂は頑固に譲らなかった。
そんなことを考えているうちに、菜穂の次の着信があった。
「あさって、そっちに帰る」
そしていつものスタンプだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます