第3話

 見晴らし台から見下ろしていたいくつかの大きな屋根が並ぶお寺は、たしかに広大な面積の境内があった。

 俺たちが休んでいた鳥居のところから石畳は終わって、道は普通のアスファルトになったが、そのまま巨大なお寺の中へと入っていく。

 右側に古そうな石垣があったり、塀がまるで京都にあるような古風な塀だったりする。


「やっぱ、歴史を感じるね」


 歩きながら菜穂がきょろきょろして言う。俺はスマホでこの寺の名前を検索し、公式サイトにアクセスしてその説明を読んでいた。


「できてからもう八百年近くたってるお寺だって」


「そうなんだ」


「でも、俺たちの田舎には、八百年どころかもっともっと古い由緒のある神社がたくさんだものな」


「今度、あっち見よう」


 大声ではしゃいで、菜穂は本堂と思われる巨大な屋根の建物に走って行く。


「こら、お寺なんだけんもっと厳粛に!」


 俺はそう言うけれど境内は観光客でごった返していて、しかもその大部分を外国人が占めていて、彼らも楽しそうにはしゃいである。

 菜穂はお参りどころか写真に夢中で、自分も入れて自撮りとかもしている。


 スマホの公式サイトには境内のイラストマップもあって、お堂をタップすれば説明が読める。

 最初に見た大きなお堂は本堂ではなくて「法堂」というそうだけど、説明のルビを見なければとても「はっとう」とは読めないだろう。

 中には入れないけれど入り口は大きく開いていて、中の様子はよく見える。なんかやたら色とりどりの布が壁全体に掛けられていた。


 次がいよいよ二層の屋根を持つ本堂で、「仏殿」というらしい。ここは中にも入れる。


「え? お地蔵さん?」


 菜穂が不思議そうな顔をしていた。


「普通、お寺ってお釈迦様とか阿弥陀様とかじゃないの?」


 俺が見ていたスマホの説明にもそのあたりのいきさつが書かれていあったので、俺は簡単に説明しておいた。


「へえ。それにしても大きなお地蔵さん!」


「だよな。お地蔵さんっていったら道端にある小さな石のお地蔵さんしかイメージないけどな」


「たしかに」


「あと、ライブ会場にもときどきいる」


 これが受けて、菜穂は厳粛であるべき仏殿の中で声をあげて笑っていた。


「お寺自体は古いけれど、建物はみんな古くても江戸時代のものらしいね」


 お坊さんの顰蹙ひんしゅくの目をそらすために、わざと俺は菜穂にそう説明を始めていた。


 そこのお寺の門を出た時は、もう夕方近かった。でもまだ十分に明るい。


「そろそろ帰ろう」


 俺が言うと、菜穂はうなずいた。


 門を出て駐車場を横切るとまた門があって、その外がいよいよ一般道だ。門の隣には高校の校舎がある。

 その前を通って、俺たちは駅に向かった。

 来た時に降りたこの市のメインの駅ではなくて、来た時には一つ手前だった駅だ。

 道は上下二車線の県道で、車は俺たちが歩いていく方角に向かってかわいそうなほど渋滞だ。俺たちは徒歩で、何台もの車を追い抜いた。

 だが、道の左右の歩道も負けないくらい人の渋滞だったが、こちらは同じ方向に流れているので動けなくなるほどではない。


 道沿いには時々しゃれたカフェや、観光客目当ての和風のレストランとかがある。

 やがて途中で鉄道の踏切を越えた。さっきのお寺の門から歩き始めて十二、三分くらいで、右側にこんもりとした木立が見えた。また有名そうな大きなお寺があるようだ。


「行く?」


 俺は菜穂に聞いてみた。


「いい。お寺はもう大丈夫。さっき見たし」


「たしかに、今日はお寺巡りじゃなくってハイキングがメインだもんな」


 道沿いにお寺の名前を刻んだ石の道標があって、そこから参道は始まっているようだ。だがすぐそばに見えるお寺の門の前の階段の下を、さっき踏切を渡った鉄道の線路が横切っており、ここにも踏切が見えた。

 ちょうど15両編成くらいはありそうな列車が、門の前を横切って走った。


「あれは私たちがこれから乗るのとは、反対方向行きね。よかった」


 菜穂が嬉しそうに言う。俺は笑った。


「俺たちが乗る方向への電車だったとしても、俺らの田舎の汽車じゃあるまいし十分も待てばすぐ次のが来る」


「そうだった」


 菜穂もふふふと笑う。


 駅はすぐその先だった。市のメインの駅よりはひと回りもふた回りも小さな駅だ。だが、その駅舎に吸い込まれて行く人は多い。


 電車はすぐに来た。

 改札を入ってすぐのところは電車の最後部の車両だったけれど、それでも結構混んでいて座れなかった。

 だがひと駅目でちょうど二人分空いて座れた。


「ああ、疲れた」


 その言葉とは裏腹に、菜穂はにっこりと笑った。


「いよいよ夏休み」


「夏休みは故郷くにに帰るんだろ?」


「うん、ひろくんは?」


「当然」


「じゃ、一緒に帰る?」


「俺、八月になったらすぐ帰るつもりだけど」


「あ、じゃあ無理。私、八月の上旬に約束がある」


「大学の友だちと?」


「それもいるけど、ほら、このあいだ話したじゃない、大学の友だちと焼き肉行ったとき、隣のテーブルにいた男の子たちのグループと意気投合したって」


「ああ、そんな話してたな」


 ひと月ほど前になるだろうか、菜穂にいくらLINE送っても既読がつかない日があった。

 翌日やっと来た返事によると、友だち全員が二十歳になったのを記念してお酒ありで焼肉屋に行って女子会やっていたところ、隣のテーブルには男子会やっている学生たちがいて、結局意気投合して合流したと。

 その時は、そのあと一緒に総勢十人近くで24時間やっているカラオケ屋を検索して、朝まで歌っていたという。

 菜穂は当日の様子をこと細かにあとでリポートしてくれたし、また昔からの性格を考えてもその話に嘘はないと思った。

 一緒に焼き肉で盛り上がり、カラオケ屋で歌っていただけだと。


「で、八月上旬にその時のメンバーで夢の国に行くんだ」


「夢の国か、いいなあ。陸? 海?」


「冒険の海の方。新エリアもできたっていうし」


「あれ? でも、あの時お互いに連絡先一切聞かないで別れたって言ってなかったっけ?」


「それが」


 菜穂はニコッと笑った。


「安心してください。私の友だちの一人が向こうの男の子の一人とちゃっかりいつの間にか連絡先交換してた」


「なにが安心してくださいだよ」


 俺は苦笑だ。


「だってあの時、連絡先交換しなかったって言ったら、ばかだばかだって、ひろくん、さんざん言ってたじゃない」


「それはあの時の勢いで言っただけで」


「とにかく、その連絡先交換してた二人がどうも脈ありそうだから、私たちで何とか盛り上げてあげようってことで決まったの」


「そうか。そういうことなら、これも縁だしな。焼き肉屋でたまたま隣のテーブルに座っただけってのも」


「うん」


「せいぜいがんばってこい」


「ひろくんは嫉妬なんかしないよね。だって、私たちはお友だちだからね」


 俺はもう、苦笑するしかなかった。

 そのあとも菜穂はしゃべりたおしていたけれどだんだん眠そうな声になってきて、そのうち俺の肩に頭を乗せて降りる駅までこくりと眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る