第12話
「まぁなんとなくこうなりそうな気はしてたよ。」
「私もだ。」
ちーちゃんと二人で廊下を歩いている途中、先ほどのじゃんけんに思いを馳せる。
じゃんけんは一発で勝敗が決してしまった。どうして僕はあそこでチョキを出してしまったのだろう。
僕が連れていかれたことにより放課後どこかに行く予定もなくなるかと思ったが、やはり直人君と水城君は二人でも遊びに行くようだった。
「あの二人は仲が良いのか悪いのかどっちなんだ?」
それは僕が聞きたい。
「ところで先生僕は何をすればいいんですか?」
「言っただろ、ちょっと授業で使う教材を運んでほしくてな。距離がちょっとあってな。女子棟まで付き合ってもらうぞ。」
「え!?女子棟に合法的に入っていいんですか!?」
「まるで違法に侵入しているかのような言い草だな。」
お前に頼んだのを後悔してきたよ。とちーちゃんは頭を抱えている。
失礼な。僕もさすがに不法侵入はしたことないぞ。
できるかどうか画策したことはあるけど。
「残念だが女子クラス側にも一人手伝ってもらうことになってるから、女子棟で変なことができると思うなよ。」
「どんだけ信用ないんですか僕は。ちなみにその人ってツインテールだったりしないですよね。」
「ん?違うが...なんだ、ツインテールが好みなのか。」
「いえ、聞いてみただけです。」
もしかしてここでも諫早さんが出てくるのではないかと心配したが杞憂だったようだ。
話しているうちに女子棟に到着する。
おぉ、すごいぞこれは、女の子しかいない。
「あんまり騒ぐなよ、恥ずかしいから。」
何歳児だと思われているんだ僕は。
女子棟をしばらく歩き、『資料室』と書かれた部屋の前でちーちゃんは立ち止まる。
「ここだ。もう一人は中にいると思うから詳しいことはそいつに聞いてくれ。」
「わかりました。先生はどこに?」
「心配するな。教え子に仕事を押し付けて帰ったりはしない。」
「なら良かったです。」
「二人きりだからって変な気起こすなよ?」
冗談を言って笑いながら去っていく先生を見送りながら取り残された僕は教室に入る。...ほんと自由だなあの人。
「...失礼しまーす。」
別に挨拶をする必要はないとわかっているのだが、なにせ女子棟というアウェーの場なので少なからず緊張する。
中に入ると、一人の女の子が何冊かの資料らしきものを抱えて立っていた。
髪は肩にかかるくらいのセミロングで、切れ長の目に長いまつ毛で凛とした綺麗な顔をしている、いかにも『美人』って感じの子だ。
その佇まいに少しドキッとしてしまう。
まずは自己紹介でもしようかと思ったら、彼女の方から口を開いた。
「あ、ブラちら男。」
その言葉に開いた口が塞がらない。
啞然としている僕に続けて彼女は、
「あんただよね、体育の時に真理とペアだったの。」
なるほど、彼女も同じクラスなのだから当然あの場にいたはずだ。僕たちが騒いでいる近くにいたのだろう。
しかし、ブラちら男とはなんという不名誉。なんとか誤解を解かねば。
「いやいや、僕は別に下着を覗こうとしていたわけではなくて、紳士的立場からちょっと注意をしたわけで、」
「紳士なら見えそうだったら目を逸らしなよ。」
くっ、なかなか鋭い反論だ。でもクールそうだけど別に無口って訳ではないようだ。
「えっと君は...」
「古賀文乃。」
無愛想だが名前を答えてくれた。
「古賀さんは誰とペアだったの?」
「確か...小鳥遊ってやつだったかな。眼鏡かけてた。」
「あっ、小鳥遊君のペアは古賀さんだったんだ。」
小鳥遊君はそこそこ楽しかったと言っていたが、なるほど確かに古賀さんはイケメンだからと騒ぐタイプじゃなさそうだ。
「なんか『俺の顔を見て何も思わないのか?』って聞かれたけど別にって言ったら喜んでた。」
小鳥遊君...気持ちはわかるけどそんなことを聞くのはちょっと気持ち悪いよ...
「自己紹介はもういい?早く終わらせて帰りたいんだけど。」
「うん、ごめんね。えっと、これを運べばいいのかな。」
棚から出された資料らしきものが机に山積みにされている。ドアの外に台車があったから何往復かすれば終わるだろう。
「これで全部かな。」
ちーちゃんから伝えられていた教室まで資料を2往復ほどして、最後であろう資料を台車に乗せて出発する。
「アタシもついてくよ。今回量多いし。」
「それじゃお願いしようかな。」
資料室を出て頼まれた場所まで台車を運ぶ。
ガラガラガラ...
ガラガラガラ...
ガラガラガラ...
...き、気まずい!!!
なんでこの人何も喋んないの!?いやそれは僕もなんだけどさ!
「え、えーと古賀さんは部活とかやってないの?」
「やってないけど。」
「じゃ、じゃあ趣味とかは...」
「あるけど言いたくない。」
「ぐっ...じゃ、じゃあ休日は何してるの!?」
「あんたに言う必要ある?」
心が折れそうだ。この人僕のことが嫌いなのかな?
僕が隣でへこんでいるとばつが悪そうな顔をして古賀さんがフォローしてくれる。
「あーごめん、別にあんたのことが嫌いってわけじゃなくて、体育の後に真理にあんたとあんまり話すなって言われたんだよね。」
なっ!僕がこんなに傷ついている原因は諫早さんのせいだったのか。
くそっ、このままでは多くの女子に僕の悪評が広まってしまいそうだ。
「言われたっていうか、クラス全体に向かって忠告してた。」
手遅れだった。
え、うそ、僕もしかして同じクラスの女子全員にブラちら男って思われてるの?
「そんな...僕の青春が...尊厳が...」
「まぁ、そんな気にしなくても大丈夫じゃない?」
またもや古賀さんがフォローをしてくれる。クールだけど結構優しい子のようだ。
「そもそも男子なんて、全員変態だと思われてると思う。」
アタシは別にどうでもいいけど。と相変わらず無表情でどこまで本気で言ってるのかどうか分からない。
そこからは諫早さんとの約束はどうでもよくなったのかちゃんと会話をしてくれるようになった。
資料を運び終わり報告に行くと、
「お、終わったか。思ったよりも早くて助かるよ。これで私も帰れるな。二人とも今度飲み物でも奢ってやろう。」
職員室のデスクに座り帰り支度をしていると思われるちーちゃん。この人絶対、先に帰るつもりだっただろ。
「千景姉ぇ、相変わらず人使い荒いよね。」
千景姉ぇ?男子等の方ではアイドル扱いだが、女子棟の方ではお姉さま扱いでもされているのだろうか。
「学校では先生と呼べといっているだろ。文乃。」
え?もしかして本当の姉妹なの?でも苗字も佐伯と古賀で違うし。
「あー、まあ学校ではあんまり知ってるやつはいないんだが私と文乃は血の繋がった姉妹だ。親が離婚してな。それで苗字が違うんだ。」
なるほど、そういうことだったのか。言われてみれば二人とも美人で顔もどことなく似ている。
「そうだ文乃。今週末私の部屋片づけに来てくれない?」
「先月片づけたばっかりなんだけど。」
どうやらちーちゃんはけっこう私生活はだらしないようだ。意外な一面を知れたから手伝ったのも案外役得だったかもしれない。
「二人は仲が良いんですね。」
「昔はちーちゃんちーちゃんと後ろをついてきて可愛かったんだがなぁ。」
「それいつの話してんの。千景姉ぇこそそろそろ彼氏つくりなよ。」
「それとこれとは話は別だろ!私はまだ独身貴族を楽しむんだ!」
「そうだそうだ!」
「なんであんたまで反応してんの...」
ちーちゃんは僕たちのアイドルなんだ!
ちーちゃんの彼氏は刀〇乱舞の燭台切君なんだぞ!
「はぁ...まあとにかく今日は助かったよ。それじゃ私は帰るから気を付けて帰れよ。」
そういって、カバンを持って職員室から出て行ってしまった。
「それじゃあ、アタシ達も帰ろうか。」
「え、一緒に?」
「んなわけないでしょ。」
なんだ誘われたのかと思ったじゃないか。
男女は下駄箱も学校の入り口の位置も違うため古賀さんとはここでお別れだ。
「じゃあまた授業であったらよろしくね。」
「よろしく。」
下駄箱に向かっていく彼女は何か思い出したように振り返り、
「そうだ、あんた名前は?」
そういえば僕今までブラちら男で覚えられてるんだった。
「佐倉だよ。榎本佐倉。」
「榎本?確か真理は佐倉って呼んでたけど、名前で呼び合う仲なんだ。」
「それには深い事情がありまして。」
そうだった。まだ諫早さんは僕の名字を佐倉って思ってるんだった。
「ふーん、じゃあアタシも佐倉って呼んだ方がいいの?」
「そうしてもらったらありがたいかも...」
「ブラちら男のまんまでもいいけど。」
「それは勘弁してください。」
僕が返すと彼女はふふっと笑い、
「あんた面白いね。真理が気に入るのも分かるよ。」
と言うと、それじゃ。と去っていった。
うーん、気に入られてはないと思うけどなぁ。
そんなことを考えながら下駄箱に向かう。
こうして僕の長い長い一日が終わっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます