第10話・後編



彼女は僕がペアと聞くと苦い表情を浮かべた。

というよりもはや顔が引き攣っている。


「あ、あんたが私のペア?この変態と?」


彼女は僕になんの恨みがあるんだ。しかし、僕も紳士の端くれ。ほぼ初対面の女の子に怒りに任せて口論はしない。


「変態って、僕君に何もしてないと思うんだけど。」

「あんた、姫に向かっていきなり求婚してたじゃないの。」


そんな...僕の溢れんばかりの恋心を現代社会は許してくれないのか。求婚しただけで変態扱いされるなんて、僕がイタリア人だったらキスしているというのに。


「まあまあ過去のことは水に流そうよ。僕の名前は」

「佐倉でしょ。知ってるわよ。学食で呼ばれてたもの。」


いや、それ下の名前なんだけど。でも今それを指摘してしまうと、また拗れそうだ。後で訂正することにしよう。


「はぁ、とりあえず昼休みのことは見逃してあげるけど、次この子に変なこと言ったら殺すから。」

「イェッサー」


物騒な子だ。なぜか僕が悪いことになっているけど、逆らわないでおこう。


「私の名前は諫早真理よ。」

「へー、いい名前だね。よろしくね、諫早さん。」


本当は知ってたけど波風を立てないため初耳のふりをする。


「まあ昼休みに聞いてたから知ってるけどな。」


横から会話に入ってくる直人君。頼むから黙っててくれゴリラ。


「知ってたの?」


まずい、なんとかして鎮火しないと。


「いやいや、遥が諫早さんと知り合いだっていうからその流れで名前を聞いただけだよ。」

「遥?あぁ、若園のことね。それなら納得だわ。」


何とか怒られずにすんだ、遥に感謝だ。

今度から怒られそうになったら遥の名前を出すことにしよう。


「よーし、全員ペア組めたな。それじゃ、自己紹介がすんだらそれぞれシャトルとラケットを取りに来い。」


小倉君を逃がさないよう小脇にがっちり抱え、苅田先生は全体に指示を出す。


「お?やっと始まるみてぇだな。それじゃ行くか赤崎。」

「はい!よろしくお願いします。乾君。」

「お前、運動はできんのか?」

「ふふ、私こう見えても結構運動神経良いんですよ?」


いいなぁー、楽しそうだなー。直人君羨ましい。僕が想像していた合同体育そのものじゃないか。

対してこっちは、


「あんたバドミントンできるんでしょうね。もしグダグダだったら許さないわよ。」


ダメだ。どうやら彼女は和やかにするという考えがないらしい。

もし、適当にやろうものならば、シャトルではなく彼女がブンブンと振り回しているラケットが飛んでくるのだろう。


「頑張るよ。こう見えて運動神経は悪くないしね。諫早さんは体動かすの好きなんだね。」

「そうね。スポーツは大体得意よ。乾ほどではないだろうけど、少なくともあんたよりは運動神経はいいと思うわよ。」


陸上部なのだから足も速いのだろう。バドミントン経験者でないことを祈るばかりだ。


「道具持ったグループから初めていいぞ。怪我には気をつけろよ。」


苅田先生が合図を出す。


「それじゃあやるわよ。」

「お手柔らかに。」


そう言うと彼女はシャトルを構え僕に向かって打つ。

始める前は脅してきたもののふわりと山なりで打ってくれた。良かった。これで初っ端から全力で打たれたらどうしようなどと考えていたところだ。


それから何度かラリーを繰り返すと僕の打ったシャトルがネットに引っ掛かる。


「あ、ゴメン。」

「まあ、思ったより運動神経は悪くないみたいね。」


怒られると思ったが褒められたところどうやら杞憂だったようだ。

諫早さんはネット際に落ちたシャトルをかがんで拾おうとする。

どうやら四六時中怒っているわけでもないらしい。良かったそんなに怖い人でもないんだな。


「諫早さん、あんまり前に屈むと下着が見えるよ。」


刹那、僕の顔面向かってラケットが飛んでくる。


「あっぶなッ!」


間一髪のところで躱す僕。そして僕の奥にいた真人君の後頭部に直撃した。


「ぐはァッ!!!」


ゴスッと鈍い音がし、叫びとともに倒れる直人君。さらにその奥にいた赤崎さんが慌てている。


「えぇっ!乾さん大丈夫ですか!?」


「なにするんだ!直人君じゃなかったら死んでるぞ!」


僕は君が恥ずかしい目に合わないように忠告しただけなのに。人の善意を無下にするなと習わなかったのか。


「あんたが私の下着を盗み見たのが悪いんでしょうが!」

「僕は見てないぞ!見えそうだっただけで!」


これは嘘。実際はちょっと見えた。


「よりによってあんたに見られるなんて。。。あんたを殺して私は自首するわ。」

「そこは『あなたを殺して私も死ぬ』じゃないんだ。」

「どうしてあんたと心中しなくちゃなんないのよ。」


なんでそこは冷静なんだ。

まずい、完全に殺る気だ。先程までの穏やかな目とうってかわって血走っている。

先生に助けを求めるしかない。


「苅田先生!先生の授業で殺人事件が起きそうです!しかも、すでに殺人未遂も起きています!」


よし、さすがに先生でも女子相手とは言え授業を中断せざるを得ないだろう。


「はは、お前らさっそく仲良くなれたのか。ほどほどにするんだぞ。」


なぜこの角刈りは青春の1ページを目撃しているかのような爽やかな笑顔ができるんだ。使えない角刈りだ。


角刈りをすべて剃ってしまいたい衝動に駆られながら(刈られながら?)教師に助けを求めるのも諦める。


「そうね。バドミントン中の事故死ってことにしたら情状酌量で無罪になれるかしら。」

「まずバドミントン中の事故死ってところに疑問を持った方がいいと思うけど。」


とんだ珍事件だ。家族はどんな顔をして葬儀に出ればいいんだ。


「うるさいわね!死になさい!」


およそバドミントンで聞いたことがないような掛け声とともにサーブを打つ諫早さん。とんでもないデスゲームが始まってしまった。


ヒュオンッ!

僕の頬を音を立てて掠めていシャトル


「ッ!」


ズキリと頬が痛み、赤い液体がツーと垂れてくる。どうやら頬が切れたらしい。

かすっただけでこの威力って...

顔面に直撃したことを考えるだけで冷汗が出てくる。


「あんたみたいな危険人物、あの子に近づけさせるわけにはいかないわよ。」


バドミントンのシャトルで流血させられる人の方がよっぽど危険人物だと思う。


「ていうかそもそも、下着を見られたくらいで怒りすぎだろ!いいじゃん減るもんじゃないんだし!」

「なに開き直ってんのよ!減るのよ女の子の大切な何かが!」


そんなところだけ女の子ぶりやがって。こっちなんて現在進行性で寿命が減っているというのに。


続いて二投目が飛んでくる。僕はもうラケットを投げ出して避けるのに専念している。


「うっ...痛てぇ...何が飛んできたんだ。」

「大丈夫ですか?乾さん。すごい音がしましたけど。」


どうやら直人君が復活したようだ。


「ちょっと真理ちゃん!あんまり暴れたらだめだよ!」

「止めないで姫。これは姫のためでもあるんだから。」


どうやら赤崎さんの制止でも止まらないらしい。このままではジリ貧だ。

くそっ、こうなったら


「直人君助けてくれ!さっき君にラケットをぶち当てたのはこの子だ!」


秘儀・他力本願。直人君の無駄な筋肉の使い時だ。


「あぁ?さっき頭に何か飛んできたのはてめぇの仕業か!」


流石の直人君でもキレている。いや流石っていっても水城君相手には割とキレているけど。


「あんたは関係ないんだから引っ込んでなさいよ!」

「うるせぇ!女だからって容赦しねぇぞ」


こうして直人君と諫早さんのバドミントン対決が始まったのであった。


「なんだか大変なことになっちゃいましたね。」


隣で赤崎さんも呆然としている。


「...どうしよっか」

「...とりあえず私たちでしましょうか。」


これは棚からぼた餅だったが、もはや喜ぶ元気もない。


「おいっ!今のはオレのポイントだろ!」

「はぁ!?あんたどこに目付いてんのよ!どう見てもあたしの点よ!」


直人君といい勝負できるなんてよっぽど運動神経良いんだろうな。すごい盛り上がってるし。


どうやら諫早さんも僕に対しての怒りを逸らせたらしい。高校生にもなってあんな全力で体育をする生徒いるんだ。

苅田先生も彼らを見て満足そうに頷いている。その傍らに小倉君らしき死骸があるが、見なかったことにしよう。



こうして僕たちのはじめての合同体育は幕を閉じた。

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