第3話


心が躍る。木屋瀬女子高は可愛い子が多いという噂なので、期待が高まってしまう。


「手と手が触れあってラブロマンスの始まりなんてことも...」

「なぜ飯を食うだけで手が触れ合うんだ。」

「おまえ女子が絡むと急にバカになるよな。」


ほっとけ。

まあ僕も初日でお近づきになれるとも思ってないけどさ。

食堂では女子生徒が男子生徒を警戒して、全くいないなんてことはなく、それなりに女子生徒もおり賑わっていた。

しかし、男女で席が真っ二つに分かれており、お互いに話している生徒は全くいない。


「お近づきにはなれそうにないみたいだぜ。」


直人君はニヤニヤとからかうように僕に向かって言う。

腹立つなぁ。彼がムキムキじゃなかったらビンタをしていたのに。

だが一見男女ともお互いに見向きもしていないが、ちらちらと男子は女子側を、女子は男子側を見ている生徒が何人かいる。

特に男子側がすごい。

いやでもこれが普通だと思うよ。この二人が特殊なだけだ。


「じゃあ席が埋まっちゃう前にお昼ごはん買っちゃおうよ。」

「おっしゃ!何食おっかな~」

「それじゃあ俺は弁当だから席を取っておこう」


よろしくね、と水城君に席の確保をお願いし、僕と直人君は食券機の方に向かっていく。

さすが私立高校だ。メニューの品揃えもすごい。


「僕は肉うどんにしようかな。」

「赤身のステーキはねぇのか。」

「あったら驚きだよ。」


どんなセレブ校だ。

結局、直人君は牛丼とチャーハンに決めたようだ。どちらも大盛りで。

よく食べるなぁ。炭水化物&炭水化物だし。炭水化物って筋肉に良かったっけ?


その後も注文が来るまで、直人君と雑談をしていると、あることに気づいた。

僕たちの席を取ってくれているはずの水城君の周りに人が群がっている。

主に女子で。


「しまった...水城君を一人で席に着かせてしまったらこうなることは予想できたのに。」


僕たちが食堂に入ってきたときにすでに何人の女子はちらちらと水城君の方を向いていたのは気づいていたけど、まさか一緒にお昼を食べるようなアプローチをしかけてくるなんてッ...


「あんなヒョロイ奴の何がいいんだ?」


直人君も異変に気付いたようだ。


「おいおいオレたちの席なくなっちまったぜ?どうするよ。」

「どうするって言われても違う席で食べるしかないでしょ。」


僕たちが座るはずだった席はすでに女子陣に占領されており、長机が丸々一つ埋まっていた。

水城軍団から離れた席に座る際、水城君がこっちを見ているような気がしたが、気づかないふりをした。

僕にそこに突っ込んでいく勇気はないよ。

無事を祈っておこう。あーめん。

僕たちが離れた席に座って少しすると、遠くで水城君がそそくさと出て行っているのが見えた。

女の子たちは一生懸命引き留めているようだが、振り向きもしてない。羨ましい限りなのに。

それにしてもこの肉うどんおいしいな。




今日のお昼は直人君と二人で過ごした。

昼食も食べ終わり、食器を返して食堂を去る。


「この学校の食堂って量の割に安いんだね。普通においしいし。」


味はもちろんのこと、学生に向けてなのか量も多めになっていた。そこらの飲食店ではそうそうないだろう。

女子生徒や小食の生徒のために割引して量を減らすこともできるようだった。


「オレとしては量が多いのはありがてぇな。体重を増やさねぇと筋肉もつかないしな。」


どうやら直人君は質より量タイプのようだ。まあ食べ盛りの男子高校生なんてそんなもんだろう。

結局女の子と話すのは叶わなかったな。

そういえば、女の子に囲まれていた水城君は話せたのだろうか。仲良くなった子がいたら後で紹介してもらおう。


昼休みも終わりに差し掛かっているため食堂から教室へと向かう生徒が多く廊下はごった返していた。

普通だったら通るのに一苦労しそうな人の多さだが、直人君はモーゼが海を割るが如く、人の海を割っていっているため彼の後ろをついているだけでなんの滞りもなく教室までたどり着けた。

この筋肉も有用な時があるもんだ。


教室に入るとクラスメイトたちは次の授業の準備をしており、水城君も教科書を机の上に出して本を読んでいた。


「水城君は女の子に囲まれてて楽しそうだったね。」


昨夜はお楽しみでしたね。みたいになってしまった。決して嫌味で言ったわけではないのだが。決して。


「・・・・・・」


返事は返ってこない。明らかに聞こえている距離のはずなのだが。

とすると残りは察することができる。


「もしかして...怒ってる?」


恐る恐る聞くと、水城君はハァとため息をつきこちらをじろりとにらむ。


「お前ら、女に囲まれている俺を見捨てて二人で遠くで食っていたな。見損なったぞ。」


完全にご立腹だ。まああの中に割って入っていくのは怖かったから見捨てたも同然なんだけど。


「なんだお前?そんなことでいじけてんのかよ。さては寂しがりだな?」


ニヤニヤしながら水城君を指さして煽っている。

ちょやめろバカ!これ以上怒られたらどうするんだ!僕も巻き添えくらうだろ!


「なんであいつらは初対面のやつの連絡先や休日の過ごし方を聞いてくるんだ。昼飯くらい静かに食わせろ。」


水城君は明らかにイラついている様子で言う。そんなに質問攻めにあったんだ。僕からしたら羨ましいくらいだけど。


「ごめんね。水城君が座ってたテーブル全席女の子に座られちゃっててさ、どいてっていうのもあれかなって思ったんだよね。」


謝りつつそれっぽく言い訳をして難を逃れようとする僕。


「でもお前、女子に囲まれているコイツのこと恨めしそうに見てたじゃねぇか。」


そして余計な一言を入れるバカ。

そんな僕たちの愚かさに呆れたのか水城君は大きくため息をついて言った。


「もういい、次からは俺も食券機に付いていくからな。」


どうやら許してもらえたらしい。ていうか、買いもしないのに一緒に並ぶのかよ。

本当に寂しがり屋なんじゃないだろうか。


そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴り、担当教師が入ってくる。

ご飯を食べたからか、天気が良いのも相まって始まったばかりなのに睡魔が襲ってくる。

どうやらクラスメイトの多くが眠気と戦っているようだ。

僕の前の席の筋肉バカ(直人君)はすでに机に突っ伏して本気寝の体勢だ。

まだ入学して一週間だが、彼の進級がすでに心配になってくる。


そんなこんなで授業も終わり、HRの時間となる。

担任のちーちゃんから簡単な連絡があって終礼となる。


「うっし。やっと放課後だな。佐倉一緒に帰ろうぜ。」

「誘ってくれてありがたいんだけど、ちーちゃんからの呼び出しがあるんだよね。」


直人君が振り返って一緒に帰るのを提案してくれたが、あいにく皆より登校が一週間遅れたこともあり職員室に呼び出しがかかっている。


「なんだよ、それじゃあしゃあねぇな。おい水城帰るぞ。」

「なんでお前と帰らないといけないんだ。一人で帰れ。」


水城君に一蹴されている。かわいそうになってくるな。ていうかいがみ合ってたんじゃなかったのかよ。


「仕方ねぇだろ。佐倉のやつ予定あるみたいだし。おまえどうせ暇だろ?」

「一人でおとなしく帰るという選択肢はお前にはないのか...」


どうやらしぶしぶ一緒に帰ることに了承したようだ。

この二人なんだかんだ仲いいよな...


「そんじゃな!」

「じゃあな。」


二人が出ていくのを見送る。


「なぁ、腹減らね?ハンバーガーでも食って帰ろうぜ。」

「俺は間食はしないようにしている。」

「なんだお前?ダイエット中か?ならたこ焼きならどうだ?」

「...食ったらすぐ帰るぞ。」


寄り道する予定まで立ててるし。

ていうか、なんでダイエット中ならたこ焼きになるんだよ。あと、水城君はたこ焼きの誘惑に負けてるし。

ツッコミ所の多い話をしながら、二人は教室を後にしていった。

僕も職員室にいかないと。


「どうやら浮くこともなく、クラスに馴染めたようだな。」


僕が彼女の席に着くなり、ちーちゃんは僕に言った。


「まぁ、そうですね。先生の言う通り、良くも悪くも”アレ”な人が多かったですし。」


その”アレ”代表みたいなやつと友達になったんだけど。

ちーちゃんは頭を抱えてため息をついている。

先生の仕事も大変だよなぁ。教師の仕事をしている人はすごいと思う。


「”アレ”な生徒が多いせいで大変だが、この仕事は楽しいよ。バカな子ほどかわいいってやつだな。」

「もう言っちゃうんですね。」

「問題を起こさなければなんでもいいよ、私は。無知は罪だというけれど馬鹿は罪じゃないよ。」

「どっちかっていうと罰って感じですもんね。」


じろりと睨まれ、私に面倒を掛けるなよという釘を刺されてしまった。

美人に睨まれるのは悪くないけど、迫力あるなぁ。


「それじゃあ私は今日の仕事も終わったし帰るから。榎本も気をつけて帰れよ。」


そういって彼女は荷物をカバンに詰め始めた。

この人ほんとに手抜き好きだな。残業を一切しないスタイルは尊敬すらできるな。


「ちーちゃん、さよならー。」


僕は職員室に出る前にちーちゃんに向かって手を振った。

後ろから「おい、ちょっと待て」という声が聞こえた気がするけど気のせいだろう。

こうして僕の高校生活の一日目が終了した。

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