第22話 ゴールテープ消失事件
ゴール地点で待っていた生徒は、凄まじい勢いで飛んできた辛夷に驚きながらもしっかりとタイマーを止めていた。
「ああ、辛夷さんすごいですよ。好記録です」
記録係の生徒が、辛夷に話しかけるも目の前にいたはずの辛夷はいつの間にかいなくなっている。
「あれ?辛夷さん?」
呼びかけても、辛夷の返事はない。ほどなくして、川芎がゴールに向かって走ってきた。
「おまえ、こんなところで何をしているんだ?」
「何って、ゴール地点でタイムを計測しているんですよ」
「ここがゴール地点なのか?」
川芎は不思議そうにしている。生徒は不思議そうにしている川芎をとりあえず無視して、タイムを表に書き込む。
「ゴールテープがあるんだから、ここがゴールに決まってるでしょ」
「ゴールテープ?」
川芎はまだ納得ができていない様子だ。それを不思議に思った生徒はゴールテープを確認しようとする。
「あれ?ゴールテープがない」
ゴールテープのあったはずのその場所には何も残されていなかった。
「ここに、ゴールテープがあったはずなんてすけど」
「もしかしたら、前を走っていた辛夷が引っ掛けて行ったのかもしれん」
ゴールテープは近くを見渡しても全く見当たらない。おそらく川芎の言う通りなんだろう。
「ええ……」
ゴールしたのだから、もうそんなに急ぐ理由はないはずだ。
(辛夷さんはどうしてそんなに急いでいたのだろう)
生徒は疑問に思うも、今度は川芎もいなくなっていた。
「川芎さん?あれ?」
(川芎さんも、何か急ぎの用事があったのだろうか)
そのまま待っていると、ほどなくして最後の走者が歩いてくるのが見える。
それは、牡丹だった。
悠々と早歩きでゴールに近づく牡丹。
そして、牡丹はゴールに近づくだけ近づいて通らずにどこかへ行ってしまった。
(あれ?ゴールはここのはずなのに)
その生徒は、少し考えて。
ゴールテープが既にそこに無いせいで牡丹がゴールを認識できなかった可能性に思い至る。
「ゴールはこっちですよ。牡丹さん」
生徒は牡丹なは手を振るものの、牡丹はそれを見もしないでどこかに行ってしまう。
仕方がないので、タイムを測るのはそれでやめにして生徒は委員会休憩室に戻ることにする。
その頃、川芎はどこかに行ってしまった辛夷を探している最中だった。
その手には辛夷が意図せず持ち去ってしまったであろうゴールテープが握られている。
(ゴールテープがここに落ちているということは、ここらにいるはずだが)
川芎は注意深く辺りを観察しながら歩みを進める。
ゴールのその先は校舎へと続いていて、そこをまっすぐ歩いていくと中庭に出た。
そこは、花畑だけでなく休憩できる椅子もたくさんあって普段は人も多い場所だ。
けれど、今日は体育祭が開催されているせいだろう。人の姿はほとんど見られない。
植え込みの影を一つ一つ見ながら川芎は歩く。
そして、何列目かの植え込みにたどり着いた時。その近くの茂みが少し動いた気がした。
(辛夷……そこにいるのか?)
川芎がその場所を覗き込むとそこにいたのは謎のでっかいネコ。
そのネコは、川芎と目が合うと驚いたように大きく目を見開いてウギャーと叫び声を上げながらどこかに行ってしまう。
(違ったようだな)
そして、川芎がさらに奥に進んでゆくと、また動く茂みに遭遇する。
(今度こそ辛夷か……?)
恐る恐る近づく川芎。
その茂みは大きく動いたかと思うと、何かが飛び出してくる。
(何だ……!?)
それは、大きい背丈。ネコのコスプレをした謎の男性だった。
しかもその顔は川芎にとって見覚えのあるものだ。
「お前、もしかして牡丹なのか?」
先程のレースで隣にいた牡丹。それがなぜ、猫のコスプレをしてこんなところにいるのか。
これがどういう理屈で起こったことなのか、川芎には全く理解ができなかった。
目の前にいる猫耳をつけたシュールな姿の牡丹は不機嫌そうにゔ〜、と唸り声を上げた後走り去る。
(なんだあれは!!)
あまりに衝撃的な光景に、川芎はそれ以上何も言えなくなる。
そうして何気なく、走り去った牡丹の行った方向を見た。
「ゴールは?ゴールはどこなんだ?そしてここはどこなんだ?」
そこには蹲って地面に咲いた花を眺めている辛夷がいた。
「辛夷、ようやく見つけた」
川芎は辛夷に走りよる。そして背中をぽんぽんと優しく叩いてやる。
「大丈夫か?」
「大丈夫な人間がこんな状態だと思うか?」
「確かにそうだな」
逆に問い返されて、不覚にも川芎は納得してしまう。
「それはそうと、お前は何でゴールテープなんかを手に持っているんだ?」
辛夷は川芎の手元を見て尋ねた。
「これはお前が持っていったゴールテープだよ」
「俺はゴールテープなんか見てない。ゴールがどこなのかわからない。途中で迷ってしまった」
辛夷は不思議そうだ。
「お前はゴールがどこか分かるのか?」
「辛夷、お前はもうゴールしているぞ」
「そうなのか?」
「ああ。そして、ここは普通の学校の中庭だ。コースではない」
そして、川芎は辛夷を支えて立たせてやる。
辛夷は言われてみれば確かにそうだと、初めて見る景色のように辺りを見回している。
「もう、あとはお前の仕事も少ないだろう。あとは俺が何とかしておくからお前は休憩場で休んでろ」
辛夷の手をしっかり握って、川芎は休憩場に連れて行く。
「そうなのか?」
辛夷は茫然自失といった風で川芎に連れて行かれるだけだった。
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