第21話 毎度の如くフライング出走

カイカは走って、やっとの気持ちで役員休憩室にたどり着いた。


しかし、その部屋には既に誰もいない。


そこにいたはずの辛夷と川芎さえ既にいなくなっている。


そして休憩室のモニターには、スタート地点に立つ二人が映る。


どうやら辛夷と川芎は次の競技のために既に招集されてしまったらしい。


「間に合わなかったか」


そうなれば、次はどこを探そう。


チモと牛黄は、今どこにいるのか検討もつかない状況だ。


なぜならば、二人は様々な地点を絶え間なく移動して手伝う仕事をしているから。


普段からそうだが、ソウジュツたち三人とは違って、あの二人は固定の場所で仕事をするのは少ない。


チモと最後に会ったのは確かに今朝。だっただろうか。


「チモ、今日も頑張ろうね」


「おまえが頑張れよ」


といった感じで適当に挨拶したきりでそれ以降、顔を合わせてすらいない。


そして牛黄に至っては今日は顔を見てすらいない。


(もう、走り回って探すしかないか……)


もちろん行き当たりばったりの捜索なのだから、見つかるかどうかは運次第だ。


(もしかして、俺だけ大会終了まで見つからなかったりして)


そうなるのだったら、向こうが競技を終えるまで辛夷かソウジュツを待ち伏せしたほうがむしろ早いまである。


それか、チモか牛黄を全体放送を使って役員権限で呼び出してもらうとか。


(いや、それは流石にそれは反則か……)


けれど、今のまま待っていてもどうにもならないことだ。


(駄目かもしれないけど探しに出よう)


カイカが外に出ようとした時。ちょうど扉が開く。


「あ、カイカいたんだ」


それはチモだった。


「喉が乾いた時に、ちょうどここの近くを通ったから。何かないかなと思って」


チモは飲み物が無いか探して、ちょうどそこに冷えた茶の入ったボトルを見つける。


それをコップに注ぐと、ガブガブと豪快に飲み始める。


「あ~、喉乾いた時に飲むお茶って最高!!」


「ちょっと、借り物競争のお題だから来てくれるかな」


そして、コップを持ったままのチモの腕をカイカは引っ張る。


しかし、チモはその程度の力ではびくともしない。


「えーっ、やだ。もうちょっと休憩したい」


チモは寝っ転がって抵抗をする。


そうしていると、モニターから声が聞こえてきた。


「今回のコースはホラー風となっております」


カイカは、咄嗟にチモから手を離しモニターを見た。


(確か、辛夷ちゃんってホラーがめっぽう苦手なはず)


カイカがモニターを見ると、受け取ったランタンを地面に向かってぶん投げている辛夷の姿が映っていた。


(辛夷ちゃん、大丈夫なの?)


カイカは辛夷の様子を見て心配になっている。今すぐにでも駆けつけてどうにかしてあげたい。そんな気分だ。


けれどそれをするには、ひとまず自分の競技を終わらせないといけない。


カイカは寝転がるチモを担ぎ上げて走り出す。


「うわぁ、これって自動で運んでくれるの?すごい便利」


チモは、カイカに担がれながらもまだ呑気なことを言っている。


「カイカ様、チモ様を抱えながら走ってる」


「意外と力持ちなんだね」


周囲の生徒たちからの好奇の視線にも耐えながら、カイカは目的地に向かって走る。


そして、次の走者の生徒が待っているエリアに到達した。


そこに待っていたのは、次の走者である生徒本人。それに加えて借り物が正しいか判定する人たち。


それには牛黄も含まれていた。


「どこかに行ったと思ったら、チモ。ようやく帰って来たのか」


空のコップを持ったままカイカに担がれてきたチモを見て、牛黄は呆れているようだ。


「ひどいな。僕は見回りの仕事をしてただけなのに」


チモは不服そうな様子だ。


「それはそうと、カイカ。借り物のメモを見せてくれ。俺たちが判定するから」


カイカはチモを地面に降ろしてやる。そして、自分が引いたメモを牛黄に見せた。


「ああ、役員と書いてあるな。これのことか」


牛黄は、チモを指さして確認する。確かにカイカが連れてきたチモは役員の一人だ。それに間違いはない。


「あの……できるだけ、早く判定を出してくれる?」


「どうしたんだ?急いでいるのか?」


牛黄は判定の仕事をしているせいか、モニターは見ていないようだ。


カイカは、一刻もはやく辛夷のもとへ駆けつけたくて仕方がない。


そわそわとするカイカにチモは不思議そうにしている。


「何をそんなに心配することがあるのさ。大丈夫だよ。辛夷さんはおまえよりもしっかりしてるんだから」


チモは辛夷がどれほどホラーが苦手かは知らない。それ故の発言だった。


確かに辛夷はチモの前ではそういった臆病な面を誤魔化して、いつも格好をつけている。


「まぁ、いいだろう。確かに借りた物は合ってた。どこ行くのかは知らんがもう行っていいぞ」


そうして、カイカのバトンは次の走者へと引き継がれた。


息をつく間もなく、カイカは再び走りだす。その背中が見えなくなるまで、チモと牛黄は見守り続けた。


そしてその二人の背後から、ちょっと臭う謎の物体を手に持った人物がすぐそこまで迫っていた。

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