第20話 見えない看板は、無いのと同じ

「この先、工事中につき迂回してくださいだと?」


ランタンの灯りでようやく読めるようになったその看板にはそう書かれていた。


「おそらく、前を走る辛夷さんはその看板を読んでない。あの勢いでは当然だろう」


「読めるように真ん中に置いておくべきだったかもな」


「辛夷さんはそこから見えるか?」


電話の向こうのミツバはなんでもないことのように川芎に尋ねる。


「見えるわけねぇだろ。ランタンがなきゃ文字も読めない暗がりなんだぞ?ここは」


(それもそうだな……)


ミツバは考えた。


おそらく辛夷は、なぜかは全くわからないがとにかく先を急いでいるようだ。


(大丈夫なのだろうか)


「すまないが、辛夷さんを探しながら走ってくれ。電話はこれで切って良い。もうそんな余裕なんてないだろうから」


「ちょっと⁉おい!!」


川芎の応答を待たず、ミツバは電話を切った。


電話をポケットにしまい、川芎は荒れ果てた道を見る。


「これがもう一つのルートなんて、まじなのか?」


足場がほとんどない。通るだけで大変そうなその道なき道。


自然と川芎の頬が引きつる。


(本当に辛夷はここを通ったのか?)


けれど、電話の向こうのミツバの言いようではおそらく辛夷はこちらを通っているのだろう。


川芎が前に向けてランタンを可能な限り掲げてみても、そこに辛夷の姿はない。


(どうなってるんだ、この競技は)


愚痴を言っても仕方がないので、川芎は持ち前の身体能力を持ってして急いで足場を渡ってゆく。


その道は生半可なものではない。


「おい、辛夷。いるのか?」


けれど、川芎はこんな荒れた状況には慣れていた。いや、慣れていなかったらもうどうにもならなかっただろう。


(これだけ探していないということは、大丈夫なのか?)


もしかしたら、あの看板をちゃんと読んでいて脇道に入ったのかもしれない。


しかし、それならミツバがそう言ってくるはず。ミツバは中継を見ているのだからそういうことだ。


まさか辛夷があの看板を読んでいて、かつ脇道を選ばない選択をしていたなんて。


流石にそこまでは川芎には考えつかないことだった。


川芎が看板に辿り着く少し前。辛夷はランタンを近づけて看板の文字を読んでいた。


(この先、工事中につき迂回してください。……!?)


辛夷はそれを読んで考え込む。


その時、生ぬるい風が背中から吹き込んだ。


(……何、怖いっ!?)


辛夷は、半ばパニックだった。


(この看板は、もしかして罠。いや、こんな怪しい看板どうせ罠だ)


先に続くのは荒れ果てた道。それでも、この不気味な看板に従うよりかはましだろう。


それが辛夷の判断だった。


先に進む辛夷の姿を、川芎はなかなか見つけることができない。


(あいつ、まさか通っている最中に落ちたとかないよな)


ランタンを使って覗き込もうとしても、下に見えるのは真っ暗な暗闇だけだ。


(仕方ない。とりあえず進むしか)


その時、前方に光の玉のようなものが浮いているのが見えた。


(……なんだあれ、ミツバの演出か?)


川芎は目を凝らしてそれを見る。あの光はどこか見覚えがある光だ。


手元を見ればそれは、自分の持っているランタンの光にそっくりであることがわかる。


(あれは、辛夷なのか!?)


辛夷はなぜか飛んでいるようだ。


あわてて川芎は、持っていた電話でミツバにかけ直す。


「どうしたんだ?」


すぐに出るミツバ。


「どうしたもこうしたもねぇ。この競技は箒は禁止だったよな」


「箒?それは禁止だろう。当たり前のことを聞くな」


どんな道でも箒を使って飛んでしまえば途端に簡単になるという理由から、箒は禁止されていた。


「ならば、なぜ辛夷は浮いているのか?」


「辛夷さんは浮いているのか?」


ミツバは呑気そうに川芎の言葉を繰り返す。


「お前、箒を使ってないなら箒無しで飛んでるってことだぞ。魔法を使う人間なら、それがどれほど恐ろしいことかくらい分かるだろう?!」


箒を使わずに空を飛ぶものは、鳥と魔物だけ。昔から、魔法使いの間では有名なことわざだった。


もちろんもっと厳密に言えば、ただの魔物では飛ぶことなどできない。


魔物のなかでも飛ぶことができるのは、ほんの一握り。魔物の王と呼ばれる者か、それに近いものたちだけだ。


「あいつ、本当にとんでもない実力者なんだな」


辛夷は、もちろん魔物でも魔王でもない。それは、川芎が子供の頃から辛夷と共に育っているからこそ知っていることだ。


辛夷の親は普通の人間で、もちろん魔物でも魔獣でもない。


「まぁ、全国魔法武闘大会で三位だから。おかしくもないといったら、それはないかもしれない」


(俺が心配するまでもないってか?)


川芎は少しだけ悔しい気持ちになる。けれどなぜ悔しいのか。それは本人にもわからないことだった。


「とにかく、大丈夫そうだったから安心してくれ。俺はレースに戻る」


それだけ言って、川芎は電話を切った。


洞窟の先から徐々に明るい光が見えてくる。それは、出口が近いということを示している。


(これも競争だから、負けるわけにはいかねぇな)


川芎は、前にいる辛夷の背中を見据えた。


相変わらず荒れた足場をものともせず、すごい勢いで飛んでいる辛夷。


手に持つランタンの光が不安定に揺れている。


その表情は、川芎からは全く見えていない。

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