第14話 体育祭の準備にて
ソウジュツは辛夷様大好きクラブで話した内容を思い返していた。それはもう一週間も前の出来事だ。
「どうだ?こんなもんでいいか?」
本部会議室には体育祭の準備をするために体育委員長五虎と、風紀委員長であるセンキュウが訪ねてきていた。その二人は、辛夷様大好きクラブに参加していた二人でもある。
「なんでこっちを見る?」
辛夷の声を聞いて、ソウジュツはハッと気が付く。
どうやら辛夷様大好きクラブのことを思い出しながら、ソウジュツは無意識のうちに辛夷の方を見いたようだ。
「すみません、ぼうっとしていたようです」
怪訝そうな顔で辛夷はソウジュツの顔を見ている。
「具合でも悪いのか?」
センキュウは辛夷の心配するような視線が少し気まずかった。
「いえ、大丈夫です。気にしないでください」
「そうなのか」
センキュウたちが話している間にも、体育祭のことを話し合う二人。
「今回も去年と同じでいいよな」
「まあ、それでいいんじゃないか?」
ティタン魔法妖術専門学校の体育祭は文化祭と対をなす大型のイベントであった。体育祭は体育委員。文化祭は、図書委員が主体となって行われるイベントである。
そして、風紀委員会と本部役員たちそして他の委員会はそれをサポートする立場なのだ。
「チーム分けは、今まで通り赤と黄色と、青でいいよな」
「ああ、それでいいだろう」
「チーム分けの方法はくじとか?」
「まあそうだろうな。こっちで適当に割り振ればいいと思う」
そうして体育祭の内容は順調に決まっているようだ。
「そういえば、辛夷はスピーチの内容はできているのか?」
「ああ。もう書いてある」
辛夷はソファーで向かい合う二人の後ろから、資料を覗き込む。
「もうほとんど完成してるんだな」
「ああ。去年は辛夷にもセンキュウにも迷惑をかけてしまったから早めに準備をと思ってな」
確かに体育祭までにはまだ余裕がる。
カレンダーを見ても、一ヶ月ほどの余裕があるのが分かる。
けれど去年は、こんな風に余裕をもったは進行をできていなかった。
「あれは仕方がねえよ。お前も頑張ってたし」
「そうだよ。お前は何も悪くねえよ」
「辛夷、センキュウ。ありがとう。お前らがそう言ってくれるだけで救われる気がする」
体育委員長が突然入れ替わることになるのを五虎が知らされたのは、去年のちょうどこの日だった。
普通であれば入れ替わりの期間が設けられるはずだが、前任の委員長が急に転校することになってしまい引き継ぎそのものができなくなってしまったのだ。
引き継ぎのない状態で、しかも不慣れな書類仕事。
辛夷とセンキュウの手を借りながら、体育委員長になったばかりの去年の五虎は半泣きで作業をしていた。あの思い出は五虎にとっては、思い出せば冷や汗が出るほどつらい歴史だった。
「これだけ早けりゃ、流石に遅れるってことはありえないはず」
「それってもしかしてフラグか?」
「やめてくれ。もう考えたくもない」
センキュウのいつものからかいに、心底嫌そうな顔をする五虎。
「そういえば、ソウジュツのほうは終わりの方のスピーチをするんだよな。準備は終わっているのか?」
「なんですか急に」
ケトルのお湯をポットに注いで人数分の紅茶を淹れようとしていたソウジュツは振り返る。
「すまない。紅茶を淹れてくれようとしてたんだな。気が付かず話しかけてしまった」
「別にいいんですよ。それで何の用ですか?」
ソウジュツは紅茶の入った五つのカップをトレイに乗せて、慌てて駆け寄ってくる。
「スピーチのことだよ。俺はもう考えたけど、ソウジュツはと思って」
ソウジュツはそれぞれに紅茶を配りながら話をする。
「ありがとう」と軽く礼を言って辛夷はそれを受け取る。
「スピーチですか……そうか、スピーチの話でしたよね。まあ私は準備とかしなくてもその場で話せるから大丈夫ですよ」
「なんだそれ、俺に対する嫌味か?」
そんなことはないですよ。と笑いあう二人を五虎とセンキュウはそばで見守る。
その後しばらく話し合いは続き、体育祭の準備は順調に終わることができた。
「今年は、去年よりも楽だったな」
「それはそうだろう、去年やったのをもう一回やってるんだからさ」
センキュウと五虎は、本部会議室からそれぞれの委員会室へ戻りながら雑談をしていた。
「俺は体育祭が終わったら、今年は引き継ぎをしなきゃなんねぇ」
「へ?もうそんな時期なのか」
「風紀委員長は任期が他よりも一年短いからな。そんなもんだろう」
そうして一般の棟の分かれ道に差し掛かった時、二人は見覚えのある顔に遭遇する。
「六君子……」
とっさに身構える二人。向かいから歩いてきたのは六君子は、二人の顔を見る。
「お前たちは何をそんなに警戒をしているんだ?」
「見てわからないか?お前が危ないやつだから距離を取らないといけないんだ」
センキュウは六君子を威圧する。
「それはどうも良かったことだ」
それに負けじと六君子もセンキュウに圧をかける。
五虎は二人のやりとりをただ黙って見ていた。それは安易に口を出せないほど緊迫した空間のせいだ。
「お前、辛夷にご執心なんだってな」
センキュウは六君子の様子を探るように話しかけている。
「……」
「もしかして、辛夷ちゃんのことが好きだったりするんでちゅかね」
煽るようなその物言いは、ある意味センキュウの得意技だ。センキュウにはそれで何人もの不良を怒らせ、檻にぶち込んできた実績がある。
六君子のことも怒らせてやろう、手を出してくれればもっと良い。センキュウはそんなつもりだった。
だが六君子の口から発せられた言葉は、センキュウも隣にいた五虎でさえも予測していなかった言葉だった。
「だったら、何だというんだ」
「は?」
あまりに予想外すぎて、センキュウは間抜けな声を出す。
「辛夷さんのことが好きで何が悪いって言うんだ」
「いや……悪いなんて言ってないけど」
完全に出鼻をくじかれた形でセンキュウと五虎は茫然とその場に立ち尽くす。その横を六君子は通り抜けていった。
それはほんのわずかの時間の間に起こった出来事である。
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