第13話 辛夷様だいすきクラブ

「え〜只今より、辛夷様だいすきクラブ定例会を行いたいと思います」


「司会は私、風紀委員長副委員長のナンテンが行っております」


中央に円形のテーブルが置かれそれを囲むように11個の椅子が並ぶ。


その部屋には、すでに謎の十一人が集っていた。


「それよりも、この会の名前なんとかなりませんかね」


ソウジュツはさっそく苦言を呈した。


「仕方ないでしょ。他に名前のアイデアなんか無いし。これで納得できないなら、私生児大集合クラブにでもしますけど?」


「それだけは勘弁してください」


この集会は別に辛夷が大好きな人たちが集まる会ではない。厳密にいえば、その名前と場所を間借りしているだけの単なる会合だった。


理事長の私生児のひとりである辛夷親衛隊隊長が場所を提供しているため、とりあえずは辛夷様だいすきクラブという名前になっている。


そして誰も名前を真剣に考えていない。とりあえず集まって情報共有さえできればいいという考えなので長らく名前はそのままになっていた。


そしてその場所に集まっているのは全員理事長の私生児たちである。


「おい、ここで全員集合とか珍しいな。なんか逆に嫌な予感がするぞ」


その席の一つに座るのは風紀委員長。


風紀委員長が見ているその先には、エンジュがだらしなく座っている。


「えー?俺ってそんな珍しい?ま、初参加ってのはそうだけどさ」


「今日は対六君子の大事な会なのですから、早く本題に入りましょう」


ソウジュツは、議長をせかす。


「はいはい、わかってますよ。じゃあ本題に入りますね」


壁にかけられたコルクボードに貼られているのは、六君子の写真だ。ナンテンはそれを片手で叩きながら説明をはじめる。


「まあ、これは皆さんが知っていることだとは思いますが、このティタンには転入生として我々の天敵である六君子が転入してきました」


説明が終わると同時にコルクボードは音を立てて床に落ちる。それはナンテンがあまりにも強くボードを叩いていたせいだった。


落としたコルクボードをついでとばかりにナンテンは踏みつける。


「六君子さんが転入してきたですって?そんなのは私の耳には入っていないですが」


「俺もそんなのは初耳なんだが。いつ転入してきたんだ?」


そこかしこからそれぞれが言いたいことを言いたいままに話す。


「はい、皆さん。気持ちはわかりますが、順番に話しましょうね」


そして勝手に挙手をしている一人をナンテンは指す。


「では、環境美化委員委員長三葉木通さんどうぞ」


「六君子さんが転入してきたのはいつのことですか?」


「昨日です」


ナンテンは即答する。


「昨日だって?そんな急な」


会場がどよめいている。あまりに急な出来事のせいか、そこにいるほとんどのメンバーは転入のことは全く知らなかったようだ。


「己ら、いい加減にせえよ。勝手にしゃべるな言うたやろうが」


挙句の果てに司会を務めていたナンテンまでもが突然キレ始めて、会場は収拾のつかない混沌に包まれる。ナンテンはいつの間にか鞭を持っている。


「おい、武器は出すな。檻の中以外で武器は出すなって約束だっただろうが」


風紀委員長であるセンキュウは野生動物をなだめるがごとくナンテンをなだめようとしている。


「これって野生動物の会か?」


「辛夷様は、素晴らしいお方なのです。単なる動物に過ぎない我々のこともお許しになられるでしょう」


「ちょっと何を言っているのか分からない?俺に分からないような難しい言葉を使わないでくれ」


「辛夷様は今日はトマトパスタをお召し上がりになられていました」


司会進行が仕事を放棄して、それぞれ好き勝手話すのを止めるものすらもういない。


「はい、みなさん十秒黙りましょうね。いいですか?ナンテンさんは急に怒らないでください」


あまりに収拾がつかないので、センキュウは机を叩く。


「すみませんね。センキュウ様」


その言葉を聞いたナンテンは息を整えつつ再び席に座る。持っていた鞭はセンキュウに没収されてしまったようだ。


「私から一つ情報よろしいか?」


「どうぞ」


ナンテンに指名され、センキュウは話し始める。


「この件については私が一番情報を持っていると思います」


センキュウは立ち上がった。


「六君子は私が校長室に案内しました。集合場所を伝える電話も私が受けました」


「へぇ、センキュウさんがやったんだ」


「ええ。東門で待ち合わせたはずなのに、ヤツは西門にいたんです。そのせいで辛夷さんと鉢合わせてしまったようですが」


「へえ、それじゃあセンキュウさんは健気に東門でずっと待ってたわけ?」


「ええ、牡丹さんと一緒にずっと待っていました」


「待って牡丹ちゃんって言った?」


それに反応したのはエンジュだ。


牡丹といえば、ティタン魔法妖術専門学校で一番素行が悪いとも噂される存在だ。あまりに行いが悪すぎて、最早退学にならないのが不思議だとも噂されているほど。


「なんで牡丹ちゃんの名前が、役員のセンキュウさんの口から出てくるの?」


「それは、察してください」


「もしかして、物理的にどうにかしようとしたとか?」


ソウジュツは黙っている。それを見てなんとなくその場にいる全員はなんとなく空気を読んだ。


「そっか、まあソウジュツちゃんもやるときはやるんだね」


「……」


微妙な空気になって慌て、ソウジュツは慌てて訂正をする。


「私も流石に暴力をふるおうとは思ってないですよ。話し合いをしようと思っただけです」


「いやそれは苦しい言い訳でしょ。ねえセンキュウ風紀委員長」


「そうだぞ。仕留めそこなうなんてとんでもない」


「何言ってるんですか?あなた風紀委員長ですよね」


そうして、その回の辛夷様だいすきクラブは特に重要な情報の共有もないまま終わりをむかえることになる。

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