第11話 人見知りと、人たらし
「いいにおいがするねぇ~」
呑気に店を眺めているカイカに対し、辛夷は既に列に並ぼうとしていた。
「辛夷ちゃんもう並んでる。俺もその店にしよ」
辛夷の後に続いて、カイカも列に並ぶことにした。
その店はパスタやオムライス、ハンバーグなどを扱っている店だ。
(どれにしようかな……)
カイカはメニュー看板を見る。
カイカは今日は元気になれるような食事を食べたい気分だった。
(今日はハンバーグ定食にしようかな。辛夷ちゃんはどれにするんだろ)
そう思ってカイカが辛夷を見ると、辛夷は誰かと話しているようだ。
「あれ、辛夷様もここにしたんですか?」
「ああ。今日はパスタが食べたい気分なんだ」
「そうなんですね、俺のおすすめはサーモンたっぷりのクリームパスタです」
「俺は今日はトマトのパスタにしようかな」
辛夷が話している相手は、カイカは全然知らない生徒だ。
「えっ、辛夷ちゃんもう決まったんだ。あれ?辛夷ちゃんのお友達?」
辛夷があれだけ話しているところを見れば、おそらく辛夷の友達なのだろう。カイカは予想していた。
役員は、その仕事ゆえ。外部との接触が少ない。ゆえに身内、委員会関係者以外の一般生徒に友達ができることはほぼ皆無だ。
辛夷はいったいどこで、友達なんか作ったのだろう。カイカは気になって仕方がない。
けれど返ってきた辛夷の答えは、カイカの予想とはまるで違っていた。
「今会ったばかりだから、俺も知らん」
「すみません。カイカさん、辛夷さんに声かけちゃって」
「あ、別にそういう意味じゃ……こちらこそ、なんか会話邪魔しちゃってごめん」
その生徒は列の前方を向いて、それきり会話が終わってしまった。
カイカは絶句する。
友達でもない今あったばかりの人間とこうも親しく話せるものだろうか。
カイカは人見知りと対極にある自信すらあったが、突然会ったばかりの他人と話し始める行為にはさすがに困惑を隠しきれない。
「うん……。辛夷ちゃんってコミュニケーション能力どうなってんの?」
「これくらい、普通だろう」
辛夷たち役員は、周りで噂をされることは珍しくない。
現に今も、周囲の生徒たちは辛夷とカイカを見て噂をしている。
それでも、直接話しかけられるという経験はカイカにはほとんどなかった。
(辛夷ちゃんに直接話しかけるなんて、度胸がある子だな……)
もしカイカ自身が役員に選ばれず特に辛夷と関りがない立場だったなら、これは想像でしかないがおそらく直接話しかけるなんてできないだろう。
それともカイカ自身が気づいていないだけで実は、コミュニケーションをとるのが苦手なのかもしれない。
もやもやと悩みながら、カイカは今日はハンバーグを食べることを決めた。
そうして、雑談をしながらも辛夷とカイカは食券を買い終える。
コルヌコピアでは食券を買った生徒の元に料理を届けるのにも魔法が使われている。もちろん料理が通路を横切ったりするわけではない。
食券そのものが一度きりの簡易の魔法陣になっていおり、食券を置いた場所に料理が移動してくる仕組みだ。
食券を受け取った二人は、空いている席を見つけ席につく。
「辛夷ちゃんこれ、おいしいよ。食べてみて」
「お前はいつもそれをやるんだな」
一口の大きさに切ったハンバーグ
「なんでいるんだ、お前」
食堂の席。向かい合わせでカイカと辛夷が食事をしていると、辛夷の隣の席に(センキュウ)が割り込んできた。
その片手にはなぜかイチジクのパフェとスプーンを持っている。
「狭いって、お前」
元々二人座れるように作られてはいるものの、体格が良い二人が並んでしまううと自ずと窮屈になるものだ。
「いいじゃないか、どこも席が空いてなかったんだ」
「本当か?」
辛夷が食堂はを見渡す。多少賑わってはいるものの到底満席とは言えない状態だった。
「滅茶苦茶嘘じゃねぇか」
センキュウは辛夷が怒っているのも気にせず、イチジクのパフェを口に運ぶ。
「そういえば、例の檻の中の話なんだが」
「檻の中?辛夷ちゃん何かやったの?」
カイカは話に興味津々のようだ。ハンバーグを食べていた手を止め、話に聞き入っている。
「お前が送ってくれた連中の一人に、札付きのワルがいてな」
「札付き?」
「やたら目立つ、茶髪の男がいただろ?」
「茶髪……なんか急に頭が痛くなってきた気がする」
「どうしたんだ急に。大丈夫か?」
突然何を思ったのか、カイカは自分の耳をふさぐ。
あのふざけた態度の上級生のことだろう。エンジュと名乗っていた気がする。エンジュのことを辛夷は思い出していた。けれどそれがどうしたというのか。
「あの男に、お前の連絡先を聞かれたんだが、いい加減しつこいんだよな」
「ああ、檻の中でもまだ言ってたのかアイツ」
檻に送る前も、何か連絡先が欲しいとか言っていた。そもそも、辛夷の連絡先なんか手に入れていったいどうするつもりなのだろう。もしかして知られざる謎のマーケットに売ったりするのだろうか。
「面倒くさいから、もう教えてもいいか?」
「いいわけないだろ」
「ハハッ、冗談だよ。冗談」
真面目に聞いて損をしたと、辛夷は心の底から思う。
センキュウは昔からこんな風に冗談ばかり言っている男だ。別に悪いやつではないのだが、時折面倒くさくなるタイプだ。
「それはそうとして、聞きたいことがあるんだ」
またどうせつまらないことだろう。辛夷はあまり気が進まなかった。
「転入生の六君子には気をつけろ」
「気をつけろったって具体的にどうしろって言うんだ」
辛夷六君子を見た限りでは、大人しそうに見えた。
センキュウはいったい何を考えているのかわからないが、何かあったのだろうか。
「六君子よりも、お前の方がずっと危ないだろ?」
「ま、そうかもな」
センキュウは余裕そうに笑っている。六君子はそう遠からぬ未来、必ず本性を現すだろう。あのどす黒い本性は隠しても滲みだすほどのものだからだ。
それがその時点でのセンキュウの見立てだった。
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