第10話 ぺちぺちしても意味ないって!!
辛夷が廊下に戻ると、六君子ともう一人誰かが待っていた。
扉を開けた音に驚いたのか、二人は同じようにおちらを向いている。
何が取込み中だったのだろうか。
六君子ともう一人。それは辛夷のよく見知った顔だ。
「よお、戻ってきたんだな。どこに行ってたんだ?お手洗いか?」
相変わらずの厭味ったらしい笑み。この男の語彙は煽り文句か、罵倒のみで埋まっているに違いない。
「……なんでいるんだ、お前」
そこにいたのは風紀委員長の川芎だった。
よく見ると、川芎は手に杖を持っている。なぜ持っているのかはよくわからない。
「お前が檻の中に送ってくれた連中について話があってな」
「今急いでいるのだが、見てわからないか?」
廊下の窓から見える空は既に夕焼けに差し掛かっている。
2時なんてもうとっくに過ぎてしまった。
「急ぐほどの用事なんて大したものだな。ゆっくりしていけよ」
急いで転入生を校長室に連れて行かないといけないのに、川芎は辛夷の前に立ちふさがる。
「お前のことは後で構ってやるから今はそこをどけ」
「え~どうしよっかな」
呑気な声とは裏腹に、川芎のその青緑の目は歪にギラついている。
おそらく、川芎は今何らかの悪巧みをしているのだろう。
それは、長く付き合いのある辛夷だからこそわかることだった。
「何を考えているかは知らないが、意地でも通してもらうからな」
「おぉ、怖い。怒ってるんでちゅか?」
辛夷の後ろで、黙ったまま。六君子はじっと待ってくれている。
それでも辛夷は、その場所を動くことができないでいた。
それほど川芎の無言の圧は強い。
そうして、しばらく睨み合っていると階段から誰かがやってくる足音が聞こえた。
「すみません、遅れました」
それはソウジュツだった。
「ソウジュツ、お前。東門から走ってきたのか?」
ソウジュツがどこから走ってきたかはわからないが、ひどく息を切らしているように思える。
「すみません、転移魔法を使ったのですが。いろいろありまして」
確かに、あの電話を終えてから移動したとしても東門からここまで来たとなれば異様な速さだ。
「そうだったのか。それは大変だったな。でも、転入生は俺が案内するから大丈夫だったのに」
「いえ、そういうわけにはいきません。それは私の仕事ですから」
ソウジュツは息を整えながら話す。川芎はそれをじっと見守っている。
「辛夷さんは川芎さんのお話を聞いてあげてください」
ソウジュツは、川芎の横を通り抜けて六君子の前に立った。
「それでは、行きますよ。転入生さん」
ソウジュツは、六君子の腕を持って半ば強引に連れて行こうとしている。
六君子はどこか困ったような表情を辛夷に見せた。
「すみません、そういうことなので。僕はこれで失礼します」
六君子はソウジュツに引っ張られながらも軽く礼をするのを忘れない。
そうしてソウジュツと六君子が去ってゆくのを、辛夷と川芎は二人で見守った。
「行ったな」
ほどなくしてソウジュツと六君子の姿は見えなくなった。
「なんだったんだ」
川芎は、未だにそこにいる。
「そういえば、話があるとか言ってなかったか?」
辛夷は川芎に向き直る。
川芎はいつの間にか毒気のある目つきではなくなっていた。
ソウジュツと六君子が向かった方角を川芎はどこか遠い目で見ている。
その様子は、なんとなくだが一仕事終えたような。そんな雰囲気を醸し出している。
「なんか、話すことがあるんじゃないのか?」
「んあ?そうだったか」
とぼけているのか、川芎の反応は悪い。
「しっかりしてくれ」
辛夷が川芎の腕をペシペシとすると、ようやく川芎は辛夷のほうを見た。
「なんなんだ?構ってほしいのか?」
川芎の意味不明な返事を聞いて、辛夷の眉間にシワが寄る。
「お前、ふざけてるだろ」
辛夷はもっとペシペシするも、川芎にはまるで効果がない。
ただ辛夷を見て、馬鹿にするように笑っているだけだ。
「もういい。俺は帰るからな」
しばらくそのままペチペチして、やがてうんざりした辛夷は本部会議室に戻る。
そして、扉を閉め。鍵もかけてしまった。
「おい、拗ねるな。馬鹿」
外からは締め出された川芎の声が聞こえる。未だに笑っているようだ。
辛夷にとってはそれが不愉快でたまらなかった。
川芎の声を無視して、どっかりとソファーに座り込む。
向かいのソファーのカイカは未だに寝たままだ。
「おい!いつまで寝てるんだ」
辛夷は少し不機嫌にカイカに呼びかける。
その声でようやくカイカは目覚めたようだ。
「あっ、辛夷ちゃん。おはよ」
カイカは目覚めてすぐ、窓の外を見た。そこには既に夕焼けの空が広がっている。
「えっ、もう夕方じゃん!なんで」
寝ぼけたままのカイカは、寝癖のついた茶髪をぐしぐしと撫でつけている。
「お前。よく寝てたよ。それで、ソウジュツがずっと電話してたそうだ。」
「ええっ、俺怒られるやつじゃん。何で起こしてくれなかったの?」
急いでソファーから飛び起きた、カイカは不満そうだ。
「それは、俺もここに電話忘れていったからだよ」
辛夷は、仕方がないとばかりに告げる。
「そっか。それは仕方ないか。一緒に怒られる?」
「俺は遠慮しとく」
カイカは辛夷のそばに座る。辛夷はそっけなく返事をするだけだ。
「そんなことより、晩飯に行こうか」
辛夷は、転移魔法の杖を自分の机から取り出した。そしてためらいなく振るう。
「なんかドアのほうから声が聞こえるんだけど」
ドアの向こうには、相変わらず川芎が取り残されたままだ。
ドアを叩いているのかドンドンという音も聞こえる。
「気のせいだろう」
辛夷はそっけなく、それだけ言って。そして転移の魔法が発動した。
移動した先は、たくさんの席。それを囲むように、たくさんの種類の店がある。
いわゆるフードコートのような場所だった。
その場所は、学園の地下にある。
正式にはコルヌコピアという名称ではあるが、生徒たちの多くが食堂と呼ぶその場所は、既に多くの人で賑わっていた。
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