第7話 わからないけど、多分有罪

「ちょっとちょっと君たち、何してんのさ」


間抜けに声をあげながら、辛夷の後ろからバタバタと誰かが走ってくる。


緊迫した場面にはあまりにも場違いな、寝ぐせのついた茶髪がゆれる。


電話は耳に当てたまま。制服のローブなんかは袖も通さず、ただ肩にかけているだけのようだ。


それでも、ローブのデザインを見る限り辛夷よりも上級生であることがわかる。


「電話してくれたけどさ、これってどういうこと?」


「すみません、ボス。今新人研修中で、カツアゲの練習をさせているところです」


ボスと呼ばれたその男に、その場にいた柄の悪い生徒たちはいっせいに頭を下げた。


「お前たちカツアゲをしていたのか?」


突然すぎる展開に辛夷は呆れを隠せない。


「ほら、聞かれてるって。ダメだよ人前でカツアゲとか言っちゃ。自白してるようなものじゃん」


すみませんの繰り返し。生徒たちは先ほどまでの強気な態度とは打って変わって、その男に頭を下げるばかりだ。


「それにさ、こんな役員なんて引き連れちゃってさ。俺言ったじゃん。委員長とか役員は絶対にカモるなって」


男はそう言って辛夷を指さした。その指を辛夷ははたく。


不満そうな顔で男を見つめるも、男は気づいていないようだ。


「わかった?カモるなら、もっと弱そうなやつを狙わなきゃ」


ねぇ、とその男は辛夷に同意を求めてくる。


まるで親しい友人にでも話しかけているかのような。そんな態度だ。


内容もさることながら、なぜ自分が話しかけられているのだろう。


辛夷は理解ができていない。なので、とんでもなく不愉快な表情でその男を睨んでいる。


「そういえば、君美人さんだねぇ。ちょっとカフェでもいかない?」


「は?俺に言っているのか?」


ついには謎の会話に発展してゆく。


周りにいる柄の悪い生徒たちも、自分たちのリーダーが何を考えているのかわからないように見える。


挙動不審に足踏みをする者、ただ困惑して立っているだけの者。


そして、何か言おうとして言えずにもごもごしている者。


ただ不愉快そうな辛夷と、それに向かってひたすら変な口説き文句をたれる異様な時間。


「あの……ボス?」


その時間に耐えられなくなった一人がついに口を開いた。


「あの……俺ら、もう帰っていいすか?」


その一言を境に、ぴたりと時間が止まった。


「ひぃ……」


辛夷と、その男。向かい合う二人が同時に声の方を振り向く。


その表情はこの世の者とは思えない。まるで般若のような形相だ。


「お前、逃げられると思うなよ」


辛夷の我慢は限界を超えていた。買い物に行こうとしているのに邪魔されただけではない。


変な連中に囲まれて、わけのわからん会話のやりとりにまで付き合わされた。


元々辛夷は気が長いほうではない。


「実力行使の時間だ。容疑は暴行未遂とかでいいのか?わからんがそういうことで執行させてもらう!!」


辛夷はローブの袖口から滑らかな手つきで杖を取り出す。


明らかに攻撃性の高そうな頑強なつくりの杖。


辛夷はそれを大きく振った。


魔法の発動と共に、大きな音がする。


生徒たちが音のする方向。上を見上げると、ちょうど魔法でできた大きな檻が空から落ちてくるところだった。


「ネズミ一匹たりとて逃がさん。檻の中で反省するんだな」


すさまじい勢いで落ちてくる檻は、もはや隕石のようでもある。


「なんだあれ、容赦とかは無いのか?!」


「いきなりあんなデカい魔法をぶっ放すなんて、相当いかれてるよ」


逃げ惑う生徒たち。その一人一人を、空からやってくる檻は正確に追跡する。


「みんな~執行だって~頑張って逃げてね~」


そんな状況でも、辛夷の隣にいる茶髪の男は呑気そうにひらひらと手を振っている。


一人ひとり次々と檻に入れられてゆく生徒たち。その檻はしばらく時間がたてば自ずと姿を消す


生徒たちが入れられた檻は風紀委員会が管理する、反省室という名前の牢獄に転送される仕組みとなっている。


「うわ~みんな捕まっちゃったか」


最後に残された一人になっても、茶髪の男はまだ呑気にしている。襲ってくる檻を器用にかわしながら辛夷に向かって投げキッスをしたりもしている。


「いい加減観念しろ」


「え~やだ、連絡先教えてくれたら捕まってあげる」


障害物を盾にしたり、ぐるっと後ろにまわりこんだりして檻をよけ続ける。しばらくたっても全く捕まる様子はない。


仕方が無いので、辛夷は男に歩いて近づくことにした。


「え?来てくれるの?連絡先教える気になったとか?」


意味不明で能天気なその戯言を聞き流し、辛夷は直接杖を叩きつける。


瞬間、巨大な檻が現れる。それはあまりにわずかな時間の出来事だったため茶髪の男もなすすべがなかったようだ。


「騙されたっ!?」


捕まった男はまだ何か文句を言っているようだ。


もう既に檻の中なんだから潔く諦めればいいのに。辛夷は檻の中の珍獣を見るような目つきで男を観察している。


「連絡先、くれるんじゃなかったの?」


茶髪の珍獣は、しょんぼりとした顔で辛夷の目を見つめてくる。辛夷としては自分が騙したように扱われるのは心外だった。


「お前が勝手に勘違いしただけだろう?」


珍獣はまだ檻の隙間から何とか抜け出そうと、最後の悪あがきをしている。


檻の中ではどんな魔法も無力化され、内側から壊すことは絶対にできない。


「じゃあな」


転送されてゆく檻を見送る辛夷。


「待って、俺の名前だけでも……。俺、エンジュっていうんだ。よろ……」


最後まで言い終わらないうちに、檻は完全に転送されてしまった。


(何だったんだアイツは……)


賑やかだった道具倉庫前にも、今や静けさが戻っている。

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