第4話 書いた本人も意味がわからない謎のメモ
「それじゃあ、私は転入生の迎えに行きますね」
「えっ?今日?今日転入してくるの?」
ソウジュツは二人にそう言って、急いで本部会議室を出た。
(なんだったんだ?ソウジュツは様子がおかしいように思えるが)
辛夷はソウジュツの様子がおかしいのが気になって仕方がない。それに、ソウジュツは何か転入生のことを知っている風だった。
それを聞こうにも、ソウジュツはさっき慌てて出て行ったばかり。しばらく戻ってきそうにもない。
(今日突然転入が決まっただなんて、あまりに急すぎる。何かあるとしか思えない)
ソウジュツは確か転入生のことをコネ入学だとか言っていた気がする。もしかすると、本当にコネなのだろうか。
(いや、我が校に限ってそんなことはないはず)
ティタン魔法妖術専門学校は単独の組織が運営するものではない。複数の国の様々な人間たちによって援助され設立、運営されるものである。
現に理事会のメンバーはそれぞれ国籍も違うし、派閥も立場も違う。
そのため特定の組織を優遇するコネなんてものは、特に厳しく制限されているはずなのだ。
「ソウジュツちゃんも何か食べる?そろそろおやつの時間だと思うんだけど」
カイカはしきりに辛夷に話しかける。辛夷はいろいろ複雑に考えすぎて、カイカの話が頭に入ってこない。
「ちょっと無視しないでよ」
辛夷は、腕を組んで考え込む。
「あ~、そんなに考えてたら眉間にシワがてきちゃうぞ?」
カイカはそれでも諦めずに辛夷に話しかけ続ける。それでも、辛夷が反応しないものだからカイカは辛夷の眉間をぐりぐりと押してみる。
「転入生のことを考えてるんだろうけど、考えてもわからないからね」
「それもそうなんだが」
歯切れ悪く辛夷は言う。カイカの言う通り、情報が少なすぎて判断ができない。
その時ふと、前にソウジュツが言っていた言葉が辛夷の頭に思い浮かんだ。
「辛夷さん?悩むばかりはいけません。メモをすれば少しは考えがまとまりますよ」
そうだ。メモだ。辛夷はさっそくメモの準備をする。
都合のいいことに、辛夷手元にはにはちょうどいい紙切れと羽ペンがある。
辛夷はそれに知っていることを全て書き込む。
理事長、転入生、クソ野郎、コネ入学、ソウジュツ……
辛夷がメモをしていると、ほどなくしてわけがわからない単語が羅列された謎のメモが出来上がる。
(なんだこれ?)
見返してみても、自分がなぜこんなメモを書いてしまったのかわからない。辛夷は混乱している。
それをカイカは後ろから覗き込んだ。
「ちょっと、辛夷ちゃん。何のメモなのそれ……」
「おい、見るな」
カイカにそのメモを見られてしまった辛夷は、それをくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てる。そして気まずそうにカイカから目をそらす。
「何してんのさ」
「なんでもない。何もしてない」
辛夷はごまかすように、キッチンのケトルを持つ。そして自分のマグカップにお湯を入れて。そういえばまだお湯しか入れていなかったことに気が付く。
そして、あわててコーヒーのパウダーを追加しようとして間違えてココアの粉を入れて最終的にココアを美味しく飲むことになった。
「これ……ココアだ」
「自分が入れたんでしょ。そりゃココアだよ」
カイカは呆れているようだ。辛夷は少し恥ずかしくなった。
(絶対馬鹿だと思われてるんだろうな)
辛夷の成績は、魔術や勉強などだけで言えば悪くない。むしろ良いほうだった。少なくとも教員に役員の仕事を推薦してもらえるくらいには優秀なのだ。
物思いにふけりながらココアを口に含むと、予想外に熱くてついむせてしまう。
(あっつ……)
心配そうに見つめるカイカの視線が痛い。
「そんなに気になるんなら、俺調べてあげようか」
カイカは辛夷に背を向けて本棚を探し始める。
「何を始めるんだ?」
辛夷は、カイカの様子を興味深そうに見守る。
そして本棚の端にある本を取り出しおもむろに膝の上にのせて読み始めた。
「そうそう。確かにこの本に書いてあったんだよね」
ぶつぶつと独り言を言いながらページをめくってゆく。
「何を読んでるんだ?」
辛夷はカイカが読んでいる本を覗き込んだ。
「これはね、校則とかが書いてある本」
「生徒手帳か?」
「あ~それ」
カイカはその本、生徒手帳のページを開く。そして辛夷に見せるように手に持って差し出した。
「これ、転入生の取り扱いについて書いてるんじゃねーかなと思って」
「ああ、なるほど」
確かにカイカの言う通り、転入生についての取り決めもそこに書いてあるかもしれない。
辛夷はカイカの行動について納得した様子だ。
「手帳によると、転入生および編入性は特別試験を受けなければならないってさ」
「特別試験?そんなものがあるんだな」
言われてみれば生徒手帳にそんな項目もあったかもしれない。辛夷は思い返す。
辛夷自身が転入や編入にあまり縁が無かったのもあって、辛夷はその項目はあまり深く読んではいなかった。
「俺はその項目、読んでないかもしれん。だから全然わからん」
「そうだよね。普通こんな項目読まないよね」
生徒手帳に書かれているびっしりと細かい字を、カイカは顔を近づけて読んでいる。
「なになに……特別試験は、筆記試験と実技試験で構成され、転入または編入する学年までで習得しなければならない全ての内容を含む。だってさ」
「それは難易度高いな……」
「え~そうなの?わかんないけど、実技もあるんなら楽じゃね?」
「そうとは限らないぞ」
辛夷の言うことにカイカは納得できないのか、眉をしかめている。
「それなら、特待生認定試験という項目を見てみろ」
カイカから手帳を受け取った辛夷は、該当のページを開いた状態で手帳をカイカに返した。
「これが何さ」
「読んでみろ」
カイカは再び顔を近づけて細かい文字を読む。
「どれどれ……特待生認定試験は、筆記試験と実技試験。進級するごとに習得しなければならない全ての内容を含む……?」
カイカは少し考える。
「うわっ何これ同じじゃん」
「その通り。授業料が無料になる特待生試験とまるで同じ難易度なんだ」
「うっわ、無理だ。こんなの」
カイカは昔、特待生の試験を気まぐれに受けたことがあった。その試験内容が生半可なものではないことは体験済みだ。
「そしたら、転入生ちゃんてもしかしてすごい人なの?」
「そうだな。もしかしたらスーパーエリートなのかも」
二人は好き勝手に転入生の姿を想像している。ただ何でもない雑談に過ぎないことだが、二人は楽しそうだ。
ソウジュツが部屋を出てから時計の針はどれだけ進んだだろう。未だに本部会議室の扉が開く気配はない。
「ソウジュツちゃんは転入生のこと、くそだって言ってたけど、結局どうなんだろうね」
本棚から取り出した生徒手帳をその辺の床に置いて、カイカは再びソファーに寝転ぶ。
「おい、本は元に戻しておかないとソウジュツに怒られるぞ」
辛夷はカイカに注意をするが、カイカは適当に返事するだけで片付けようとはしなかった。
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